ある名家の出来事
身分違いの女性を愛妾にした名家では、こんな出来事がありました…
こんな話がある。
ある名家の男が身分違いの女性に恋をし、妻たちの反対を押し切って無理矢理妾に加えたことがあった。
生まれが低く、妾の掟を充分に理解していなかった妾は、降って湧いた玉の輿に当然のように増長した。
正妻よりも着飾り、夫の愛に甘んじて秩序を無視する行動を繰り返した。
夫もそれを強く諌めることもせず、好きにさせていたらしい。
そしてある日、妾は来客のために最大限着飾るようにと言われた。
彼女は華やかに着飾り、指定された場所へ赴いた。
そこにいたのは招かれた客と、いつもより格段に質素に装った上位の妻たちであった。
上座にいた客は彼女の姿に何かを察したような表情を見せ、そして狂気の宴が始まった。
『まあ、なんてお美しいのかしら!!』
『お美しさ、気立て、どこを取っても非の打ち所がありませんわ』
『完全無欠な女神のような御方ですの。お迎えできて幸せに思っております』
飛び交うそれらはお世辞の域を越えて、半ば狂気じみた称賛の嵐であった。
客の前で、不相応に着飾った姿を晒し者にされ、一言の弁明も許されず延々と褒めちぎられる――それは実質的な吊し上げであり、公開処刑と言えた。
そしてこれが発動した時点で、社交界全体にその家の異常が周知される。
吊し上げされた妾はあっさり締め出され、夫も眉を顰められるようになった。
良縁に舞い上がっていた妾も、徐々に自分の置かれた状況に気づき、憔悴していく。
ここに至って、夫もやっとことの重大さに気づいた。
夫は妻たちのもとを訪ねて詫びた。
軽はずみな真似を本人も、勿論自分も反省しているからもう許して欲しいと。
これを受けて、口々に妻たちは言ったらしい。
『旦那様のおいたには困ったものですわね』
『私たちの愛を試していらっしゃるのだわ』
『雑草には使い道があります。けれど毒草は必要かしら?』
『貴方方、おやめなさいな。……勿論、旦那様がお望みとあらば。妻として、それに応えることが当然の務めですもの』
『まあ、なんてお優しいのかしら……!』
『奥様のような素晴らしい方にお仕えできて、私どもは何と幸せなことでしょう!』
正妻が諾を返すや、上位の夫人たちは口々にその慈悲深さを讃えた。
それでも、うふふ、あはは、くすくすくすと笑う妻たちの声は暫く止まなかったらしい。
夫はこれに震え上がり、以降何を決断するにも正妻の顔色を窺うようになったそうだ。
つまりは、そういうことだった。妻は勿論、夫側も秩序と掟に従わなければならない。
家内において女の領域は男には立ち入れず、把握することすらできない深淵だ。
夫にどれほど愛されようとも、妻たちに許容されなければ終わりである。
それどころか、地位のある者の結婚生活では、愛は全てを壊しかねない諸刃の剣なのだ。
こうした事情から夫側も、新たに妻に選ぶ者の選定には何重にも気を遣わねばならない。
本人の好みや拘りなど些事でしかない。
全ては家内の安定のため、子孫へ委ねる家の繁栄のためであった。




