教団の名門における結婚事情
教団では複数の妻を持つことは認められています。
しかし、それは愛情などではなく、家制度に深く結びついているもので…
教徒にとって重婚とは、決して無責任な代物ではなく、男側に相応の財力と責任が求められる。
そのため、庶民層は一夫一妻が基本だ。
多少の打算や策略も交じるとは言え、それは上流ほど複雑に入り組んだものではない。
そして、結婚がひたすら家のためのものだということも教え込まれない。
だから、妾としてなら貴賤結婚が認められる教団と言えど、あまりに身分の離れた者同士は難しい。単純に価値観が違いすぎるからだ。
市井から名家に妾入りした場合、当事者は右も左も分からず、助けてくれる者もいない世界に放り込まれることになる。
そして名門であればあるほど影で渦巻く謀略や、家内を治める労力と重責は深刻なものとなる。
夫が妾を取らない正妻一筋の愛も美しいが、現実的には前途多難なのだ。
単純に仕事量が多すぎて、余程の天才でもなければ手が回らない。
妾制度は、その負担を分散させるためでもある。
一般的に、正妻の次に嫁入りする第一夫人は正妻の右腕となるべき存在で、この人選だけは決して間違えてはならない。
正妻は社交界に出る。第一夫人は家を守る。
この二人が別格とされ、以降の妻たちはそれに従うのが基本的な形だ。
それぞれの適性を活かし、自らの役目を果たして家を守ることが模範的な家庭の姿とされていた。
そして、それこそが夫と婚家を守る術であった。
仮に下位の夫人が上位の夫人に逆らったり、序列も弁えずに着飾ったりすれば、噂は瞬く間に広がり、夫は「家内の管理もできない男」と言われて評価を落とす。
家庭を安定させることができてこそ一人前、立派な紳士であると評価されるのだ。
結婚は家のためのもので、妻の資質はそれに貢献できることが第一で、夫の好みなどは二の次だ。
家には特に貢献できない、ただひたすら夫を愛し愛されるだけの女性が迎えられた例もないわけではないが……その場合にしたって、他の妻たちの邪魔をせず、常に立て続けるだけの自制心と慎ましさは最低限必要だ。
妻たちの間に起こる争いや内情は、夫から見て謎に覆われていることも多い。
使用人から報告を受けていようと、日々無数に交わされる些細な機微や合図を取りこぼすことも当然ある。
夫にすら全容を掴みきれないし、袋叩きなど起これば助けに入ることもできない。
女性は婚家で夫の愛に縋らず、自分で身を守るしかないのだ。




