令嬢たちの茶会
騎士団の姫オルシーラは、教団の令嬢たちとの遮光に勤しみます。
話題は狩猟際から、教団中央や使徒家の血縁関係に移って行きます。
その頃オルシーラも、招待された席で交流に勤しんでいた。
相手はこの城に来て以来、何かと席をともにし交友を深めてきた令嬢たちだ。
彼女たちも紳士たち同様、同性のみの場で優雅な談笑の一時を過ごしていた。
「狩猟祭も近くに迫ってきましたね。
観覧席には、皆さまもいらっしゃるでしょう?」
「まあ、そうですけれど。あまり気は乗りませんわ。
この頃暑くて暑くて、何をするにも億劫で」
「私も。正直狩猟祭を見物するより、家で楽器の練習でもしていたいですわ。
先日の一件で竪琴がまた流行しそうですし……オルシーラ姫、先日の演奏、本当に素晴らしゅうございました」
「あら、いいえ。未熟な演奏でございましたけれど、そう仰って頂き光栄です」
オルシーラは笑顔で返しながら、周囲の雑談にも意識を払う。
どんな些細な情報も取り零したくはない。
「あら、皆さまは案外、狩猟祭にご興味がないのですね……ですが、私は楽しみですわ。
シオン様のご活躍を見たいので!」
「まあ、シオン様はね。私としても、見逃すのは惜しいですわ」
くすくすと笑い声が広がる。
この場は、セヴレイルの分家筋や近しい姻戚が集う、この城でも頂点に近い位置を占める令嬢たちだ。
布地の質も宝石の輝きもレースの緻密さも、「狩り」に赴く令嬢とは明らかに違う。
見るものが見れば一目瞭然だった。
だが色や形が大きく違うわけではないので、ある程度の経験や審美眼を持たない者には、両者の区別は困難であろう。
家が上流に深く根付いている彼女たちの場合、別により良い縁談を求めて「狩り」をする必要はない。
寧ろそうした行為は、自らの価値を下げることになりかねなかった。
決まった相手が既にいる者も少なくない。
彼女たちのすべきことは、ただ日々淑女として振る舞い、周りの大人に気に入られ、着実に評価を積み上げるだけだ。
それが結果的に良縁を呼び込む。
狩猟祭に関しても毎年の退屈な催し、もしくは悲喜こもごもを眺める高みの見物と構えている娘が多かった。
「……ですが、運ばれる縁談が必ずしも幸せなものとは限りませんわね。
そう思うと、少々憂鬱な思いがします」
「ああ、ユリア姉さまね……そうね、あの方は本当にお気の毒でしたわ」
その名前に、場の空気がやや沈む。
話題に上がったその人物とは、彼女たちも知らない仲ではない。
一人が扇を傾けて、こちらに手早く囁いて教えてくれた。
「あ、オルシーラ姫はご存知ありませんよね。実は……」
突如降って湧いたリゼルドとの縁談。
そして、先日の聖都での茶会の成り行き。
それらのことは、とうにシアレットにも届いていた。
何とも言えない顔を見合わせ、誰からともなくため息を付く。
「何でも、お慕いする方がいたのですって?お可哀想に。
あんな野蛮人の巣窟のような家に、生贄のように嫁がされるだなんて」
「ましてお相手のリゼルド様は、恐ろしい噂しか聞きませんものね。
使徒の末裔と言っても、粗暴で野蛮で一年中屍臭がして血臭いというヴェンリル家でしょう?
当代も下品で見苦しい大男だとか聞きましたけれど、実際どうなのかしら。
もし本当だったら何から何まで救いがありませんわね」
「それがねえ、聖都にいる兄から聞いたところ、非常に見目は麗しい方だそうですよ。
お母君や猊下とも良く似ていらして、それこそ端麗な少女のような……噂からは想像もできないようなご容貌で、大変驚いたそうです」
「あら、そうなの?そう言えば兄君は、聖都で大神殿にお仕えでしたわね」
「……確かにリシカ様は、妹のクレア様と並んで美貌で知られておいででしたものね。
母から聞きましたわ。
まあ、今はそれ以外のことで、有名でいらっしゃいますけれど……」
聖都の中枢に入るには、定められたあらゆる基準に合格する必要がある。
血統に家柄に、知性に武道に品行に……その中には容姿の項目すら含まれ、それら全てを突破した者にのみ開かれる世界なのだ。
日がな一日大神殿を駆け回る下働きすら、端正な容姿であるのが当たり前であり、それだけに全体的な美的基準は他所より圧倒的に高い。
その中で美貌を謳われるということは、並大抵のことではないのだ。
リシカとクレアは、そんな教団の頂たる聖都社交界で、双子のように良く似た美貌の姉妹として持て囃されていた。
そして、ワーレンの美人姉妹二人はそれぞれ使徒家に嫁いだのだ。
姉リシカはヴェンリル家のリオネスに嫁いでリゼルドを生み、妹クレアは先代教主の弟に嫁ぎ現教主レイノスを生んだ。
生まれた子たちは、どちらも母親の容姿を濃く継いだ。
こうした血縁関係から、レイノスとリゼルドは似ているわけだ。
このくらいの系図は当然の前提として、彼女たちの頭に入っている。
そしてオルシーラは詳細を追いきれないながらも、場の空気を壊さぬよう微笑んで傾聴した。




