黎明の剣の錆落とし
シノレは聖者に黎明の剣の扱いに苦労していることを語ります。
白竜を倒した黎明の剣。それは相当気難しいようで…。
「……ところで、あちらの錆落としの方はどれほど進んでいますか」
「全体の……四分の一くらいかな。
上手くいく日もあれば、全然進まなかったり。
日によってかなり差が大きいかな……」
……先月から剣の錆落としは、朝が来る度行っているが、これが中々進まない。
もしあれに人格があるとすれば、間違いなく滅茶苦茶気難しい石頭だろう。
少し加減を間違えると跳ね返されて地味に痛い。
この作業が終わる日は来るのだろうか……
シノレは最近毎朝のように、そんなことを考えていた。
「……恐らくですが、魔力そのものの洗練の問題でしょうね。
シノレにとって、一番良い状態がまだ見付かっていないのだと思います。
いつでも均一に、同質に、同じ速さの循環を心掛けてみて下さい」
「……良く分からないけど、覚えておくね。」
「普段は循環させ、必要な時は留めて破裂させるのです。
そうすれば、身体強化という形で力を行使することができます」
聖者曰く、それを上手く使えば城壁の上まで跳躍するとか、逆に高所から無傷で降りるとか、超人的な身体能力を発揮することもできるとのことだった。
「身体の使い方も、練習した方が良いのでしょうが……人目につくのを考えると、やはり……」
聖者の顔が曇る。何か悩んでいる素振りだった。
その理由は、一部分からなくもない。
魔力という言葉の禍々しさ、それが教団でどう受け取られるかを考えれば、大っぴらに喧伝できることではないだろう。
けれど……シノレは小声で呟いた。
「……別に悩むことなくない?魔力だなんて、言わなければ良いじゃない」
シノレから見れば、どうしてこれで、そこまで慎重になるのか良く分からなかった。
つい数ヶ月前、あれほどの大事を起こしておいて、この件では尻込みするのか。
聖者の基準が分からない。
「この剣の時みたいに、聖者様の威光だって言ってゴリ押しすれば良いじゃない。
聖者様の加護と、それが齎す超常的なすごい力だって。
そんな風に言えば悪目立ちどころか、喝采してもらえるんじゃないの?」
「…………そうかも、しれませんが。でも、それは……」
聖者はどうしても気が進まないようだった。
目を泳がせ、唇を引き結ぶ。
その顔を横目で確認して、シノレは首を振った。
「分かった。じゃあその件は保留で。
……今は、この錆落としと意思疎通を優先ってことで」
それでいいよね?と締め括ると、聖者は瞠目し、
「……はい。これからもお願いします、シノレ」
そして、僅かに雰囲気を和らげ、見るからに安堵した様子で頷いた。




