マルセロのぼやき
騎士団の都市サフォリアの元首マルセロは執務に移ります。
彼の一家が背負う業、それにより自分が背負うものの重さに、今日もぼやきが止まらないのでした。
「はああぁぁ~~……………」
ああ、自分はなんて不幸な男なのだろう。ただ日々を和やかに、晴耕雨読で過ごしたいと願うばかりの平凡な善人だというのに。
生まれ故にこんな陰謀渦巻く世界に投げ込まれて、来る日も来る日も保身に汲々としなければならないなんて……
もう何年もの間、毎日毎朝考えているぼやきを反芻しながら、彼は重い足取りで執務室に向かった。嫌な日課である。
「おはようございます、マルセロ様。今朝のご報告を申し上げます」
「……はい、おはようございます。それで何かありましたか?」
嫌だ嫌だと思ったところで、仕事が減るわけではない。
さっさと部屋に入り、いつも通り椅子に座って臣下の報告に耳を傾ける。
それもまた、何年間も毎朝続けてきた慣習だった。
まず何よりも、各地から情報を集めることだ。
それは不安定な世の中で、領地を万全に整え、治めるために必須のことだ。
まして今している綱渡りは、少しでもタイミングがずれれば全てが崩壊する。
どのような場合になっても詰みにまでは持って行かれないよう、常に気を張っていかなければいかない。
マルセロは明らかに気怠そうな顔で、けれど頭は忙しなく動かして齎される報告を処理していく。
十になる前に父が捕虜となり、マルセロは元首代理となった。
その頃はまだ祖父が存命であったが、病がちで、心身の問題から政を操れる状態になかった。
かくして、マルセロは子供の身でサフォリアの頭となったわけだ。
始めの内どのように過ごしていたかは、正直よく覚えていない。
ただ、死ぬほど大変だったということだけは記憶に残っている。
……己の一族が背負う業を知ったのは、それからそう遠くない時期だったように思う。
「…………はい、把握しました。
大きな異変もなく、滞りなく進んでいるようで何よりです。
どこかから使者は来ていますか?」
「セネロスから、新しく遣いがいらっしゃっています。
……どうやらあちらからのお言伝も、ご一緒におありだそうで」
マルセロはそれに「ああそうなんですか」と首を傾げる。
どうしようか、別の伝手で確認しておこうかと寸時考えたが、まあこのままでもそこまで問題はないだろうと結論付けた。
大方の打ち合わせと合意は既に終えてある。
「そうであれば、レドリアにはもう暫く行かなくても良さそうですね。
……あまり実のある会話はできませんでしたし」
その分の時間を他に回した方が合理的だろう。
そう考えて、マルセロは書類と筆記具を手元に手繰り寄せた。




