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騎士団の貴族階級

マルセロは騎士団の貴族階級の弱体化に思いを馳せます。

なぜ、貴族は数が減ったのか。心身ともに問題のある者が増えたのか。

そこには貴族の血統を重んじる伝統がありました。

一巡して回廊を出て、父と向かい合う。

作法に忠実に従うのなら、このまま部屋へ行き、挨拶するべきだろう。

だが、それは父に止められた。


「そんな間の抜けたことはしなくて良い。

……時間が無いのだろう。私のことは気にしなくて良い。

そのような慣習……今更律儀に守って、どうなるものでもなかろう」


「……そうですね」


父と別れ、その背を見送る。

見えなくなってからマルセロも歩き出す。

彼の頭には、先程の父の台詞が響いていた。

父もそう思っていたのだな、とぼんやり感じた。


幼い頃から何か、漠然とした影を感じていた。

それはある時は軋む扉から伸びる影、或いは通路の奥に一瞬翻る影であり、ある時は床に落ちる自分の影だった。

そこに流れる血を意識して、ふと冷めた気持ちになった。

父しかいなかった、両親の部屋を思い出す。


母は病弱な人だった。

数年前、積み重なった心労が爆発したのか、些細な風邪を一気に拗らせ、衰弱して亡くなった。

兄弟姉妹たちも何人かいたが、全て幼くして死去した。

昨今の貴族の家庭では良くあることだ。

とにかく病弱な子が生まれやすく、十人作って三人成人すれば儲けもの、そんな世界である。

いや、そもそも十人作れること自体が稀と言って良いが。


貴族と平民の間には、生物としての確たる差が存在する。

卑賤な者と結びつきその血を取り込めば、血脈が汚れる。

ひいては神の怒りを買い、災いが起こると信じられていた。

現在からすれば狂気の沙汰だが、先祖たちは大真面目に信じていた。

そしてその弊害に気づいた時には、最早取り返しのつかないところまで来ていたのだ。


貴賤結婚を禁じる掟、戦や病による貴族の断絶と減少、それによる早婚と血族婚の激化、遺伝病の顕在化。

それらは確実に、そして急速に騎士団の貴族階級を蝕んでいった。

何世代もかけて折り重なった血の狂気が、今や嵐となって吹き荒れている。

その前に他所に逃れた連中は、現地の者と血を交え、それほど酷いことにはなっていないようだが。


(それにつけても、つくづく祖先が選んだのは、泥沼の道だった……)


絶えず、そう思わずにいられない。間違っても口に出すわけにはいかないが。

先祖の業は僅かも薄まることなく、時という重さを増してこの肩に伸し掛かっているように感じる。


歴史を紐解けばすぐに分かる。

裏切り者の末路など、大抵ろくなものではない。

彼自身が裏切ったわけでも、その子孫に生まれつくことを望んだわけでもないけれど。

裏切りで奪ったものの恩恵を受けて生きてきた以上はそれから逃れられない。

父祖が重ねた業を、いつかは精算させられる時が来る。

それが道理だ。分かってはいるのだ、ずっと。


けれど、死にたくはない。奪われたくはないのだ。

結局彼を動かすのは、そんな本能とも言える衝動であった。


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