竪琴の響き
騎士団の姫オルシーラは、教団教主の弟エルクの歓待の宴で竪琴の演奏を始めます。
奏でたのは騎士団及び教団由来の2曲…
竪琴はそれなりの大きさと重量があり、落とすわけに行かないので、運ぶには息を合わせる必要がある。
竪琴を抱えたまま廊下を通って、大広間に戻る。
それは宴の喧騒から少し離れた、薄暗い空間だった。そこから遠くない場所が目的地点だ。
演奏される場所は既に決まっていた。
奥の方の、周囲より一段高い場所だ。
奥の方なので人は少ないし、通路との高低差から人目につきにくい。
運ぶ距離はそう長くないが、それでも慎重に動かし、運び込んだ竪琴を設える。
その側に、演奏用の小さな椅子を置けば完了だ。
細かい位置などは弾き手が調整するだろう。
シノレはそれを終えてから、聖者のところへ戻る。
人波が途切れたところのようで、聖者は振り向いた。
「シノレ……お疲れ様です。少し、端の方へ行きましょうか。お邪魔になってはいけませんから」
「分かった」
やがて戻ってきたオルシーラは竪琴の前まで来て、聴衆に一礼し、美しい挙措で椅子に座った。
それは完璧に整った姿勢であり、指先の動きにも淀みが無い。
そこから流れ出したのは、その美しさを裏切らない演奏だった。
一曲目に奏でられたのは、騎士団に伝わる古い民謡で、教徒でも知る者が多い曲だという。
大元の唄は、太古の森の精が少女を攫ってしまうというものだ。
昔々あるところで。森に木の実を採取しに行った少女は、迷った先で精霊と出会う。
精霊の導きで世界の裏の幻境に旅立ち、様々な美しいものや謎めいたものと対峙する。
未知のものへの驚き、喜び、目まぐるしく動くその情感が生き生きと表現される。
それらは世界そのものの美しさ、豊かさ、深さに流れ落ちる。
やがて少女は、風と一つになってどこまでも吹き抜けていく。
物語世界を表現しながらも、あくまで音色は上品で柔らかく、どこか切ない輝きを帯びている。
そして二曲目は、教団でも祝い事で良く使われるという曲だった。
割と新しい曲で、騎士団ではあまり主流ではない。
こちらはエルクを配慮してのことだろう。
元の楽曲は北由来の民謡だが、ワーレンを中心にそれぞれの使徒の逸話を加え教団らしいものになっている。
そのためか、華やかで清澄ながらもどこか素朴な名残があった。
一曲目ほど熟練してはいないようだが、それでも危なげなく弾き切る。
佳境で高鳴り上り詰めた旋律は、細く、穏やかに終点に向かう。
静まり返った広間に最後の音色の残響がさざめき、そして消えていった。
「……………お耳汚しを致しました」
オルシーラは最後まで美しく演奏を遂げ、優雅に立ち上がってから頭を下げた。




