救いの主
別の少女に絡まれて困っている少女をどう助けたものか…
シノレが困っていると、そこに救いの主が現れます。
それは…
「……」
自ら割って入るのは論外である。
絶対に嫌だ。
でもこのまま何もしないというのも……
悩みつつ辺りを見回したシノレは、ある一点で目を見開き、静かに走り出した。
「シオン様!」
やや離れた位置にいた金髪の女騎士は、涼しい所作で首を傾げた。
今日もドレスは着ないらしく、活動的な騎士装束だ。
「おや、シノレ君。どうかしましたか?」
「ええその……先程あちらの方で、少し物騒な物音がし」
「それは大変です!見に行かなければ!!」
言い終わる前に駆け出していってしまった。
その勢いときたら、弾丸が飛び出すような速さである。
シノレは一瞬絶句してから、慌てて後を追う。しかし、遅かった。
「これは、テレサ様ではありませんか。
先程ここで物音がしたと聞いたのですが、お怪我はありませんか?」
「し、シオン様!?」
いきなりの使徒家令嬢の登場に、度肝を抜かれたようだった。
そんな彼女たちにシオンは一気に畳み掛ける。
ここで刃傷沙汰が起きていそうだとの報告を受け、心配で様子を見に来たと……いや、シノレはそこまで言ってないのだが。
勝手に話題は進んでいく。
シオンは辺りの安全を確認してから、セシルの方を向いた。
「貴女は……見覚えのない顔ですね。
失礼ながら、お名前を伺っても?」
「……クレドア家のセシルと申します。
お目にかかれて光栄ですわ、シオン様」
「こちらこそ。ああ、クレドア家の方でしたか。
今宵の演奏は私も楽しみにしておりました」
震え声で挨拶したセシルにシオンは優しく微笑みかけ、流れるように会釈した。
続けてテレサにも向き直る。
テレサは先程の静かな剣幕はどこへやら、その途端に顔を赤らめた。
「テレサ様には先日の舞踏会以来ですね……そのドレス、とてもお似合いですね。
以前の青のドレスもお似合いでしたが、本日はまた一層可憐で」
「も、勿体ないお言葉です……
シオン様にそう仰って頂けるなんて、お世辞でも嬉しゅうございますわ」
「世辞などではありません。
貴女方のような美しい淑女たちが、このような薄暗く寂しい場所にいてはいけませんよ。
眩い晴れの舞台で、称賛の視線を浴びるべきです。
さあ、私が責任持って会場までご案内致します!」
そしてシオンは完璧な笑顔で、彼女たちにいとも優雅に手を差し出したのだった。
「…………」
途中から追いついて様子を見ていたシノレは、その収め方に絶句するしかなかった。
その場の誰も、意味が分からず呆然と立ち尽くすシノレなど目にも入れていない。
特にテレサ嬢の方はシオンに釘付けで、こちらに気づく素振りすらなかった。
そのまま大人しくシオンに手を取られ、嬉しそうに去っていく。
後には唖然としたシノレが残された。
(…………何だこれ)
シノレとしてはただ、使徒家の人間が来れば、その目を憚って収束するのではないかという気持ちだったのだが。
事態は予想の斜め上の方向に落ち着いた。
嬉しそうに裾を揺らす令嬢を連れて、シオンの後ろ姿が遠ざかっていく。
それを思考停止しながら見送る。
もう聞き覚えのある声がどうこうという話も、頭から抜けていた。




