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水晶酒

教団の教主の弟エルクの成人祝いに供されたのは水晶酒。

文化の中心である騎士団でもめったに味わえない、きわめて高級な代物です。

騎士団の姫オルシーラは、水晶酒が惜しげもなく供される様子に驚きつつ、

自らの役目を果たすべく振る舞います。

 

「さて、エルク様がいらしたところで。

ここにいる皆にも、喜びと祝福をともにして欲しい」


 いつの間にか封鎖されていた大扉が開かれ、手押し車を押す給仕の者たちがしずしずと入場してくる。

そこに並べられているのは、小さな硝子の杯だった。

整然と並べられ、一切の曇りも歪みもないそれはそれだけで壮観であった。

そして余計な装飾が一切ないだけに、内部を鮮やかに透かす。

その中は美しい透明な液体で満たされていた。


「エルク様は、先日十五におなりになったとか。

お祝いは進呈しましたが、改めて、成人のお祝いとして、私からの気持ちです。

エルク様のこの先を祝し、皆にも水晶酒を掲げて欲しい」


「……ありがとうございます、レイグ様」


 エルクは恭しく礼をする。

そして水晶酒というその言葉に、集った人々は俄にどよめいた。


オルシーラも驚いた。

彼女の生まれ育ったセネロス、文化の中心地においてもそれはそうそう饗されない高級品であったからだ。


 晶果という果実がある。

小さくなだらかな楕円形をしており、内から仄白く輝くような果実である。

特に収穫直後のものは、半透明の外皮の奥から、幾多の星を砕いた欠片のような輝きを放つという。


これを砕き、挽き、熟成を重ねて酒にしたものが水晶酒だ。

涼やかな甘さと苦み、そして何とも言えない静謐な風味。

外観は無色透明だが、良く観察すれば星を入れたように細かな輝きがある。

更に場を暗くすれば、淡く青白い輝きを放っていることに気づくだろう。


それは一杯で一般家庭の年間の生活費に相当するほどの貴重品だ。

それほどの高値がつくのは、味や風味の良さもさることながら、縁起の良さと醸造の難しさ故である。


 原料となる晶果は人工的に栽培することができず、育つ土地も限られるために入手が困難だ。

それ故に晶果は縁起物とされる。

晶果は山深く、天に近く、かつ瘴気が一切ない場所にしか実らない。

つまり、収穫場所は南の地方に限定される。

強烈な硬さとえぐみから生食もできず――それ故に晶果と呼ばれる――酒にするには膨大な時間と手間を要する。

そうしたことから教団でこの酒は天の恵み、浄化を象徴する聖なる酒とされているそうだ。


 水晶酒が注がれた杯が、人々に配られていく。

おお、まあ、これが。

そんな感嘆の声があちこちから聞こえてくる。

実際に飲んだことがある者は、この中でも少数派なのだろう。

それほど高級な酒なのだ。


「オルシーラ姫はどうなさいますか?」


「……いえ、私はまだ子どもですし、この後演奏もございますから。

残念ですが、ご遠慮致しますわ」


 彼女は未だ、教団の成人年齢に達していない。

郷には従うべきだ。

そんな気持ちを汲み取ってもらえたのか、それ以上強くは勧められなかった。


乾杯が行われ、杯に口をつけた人々は口々に水晶酒を称える。

酔によって僅かに空気が弛緩して、そこでオルシーラは一度抜け出すことにした。


「……失礼。少々、身嗜みを整えて参りますわ」


 この後竪琴の演奏披露が控えていることは、誰もが知っている。

主賓であるエルクへの挨拶も、それからということになっていた。

そんな前提もあってすぐに解放されたオルシーラは、優雅に裾を捌いて歩き去った。


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