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最後の忠義

狂気に陥った大公は『黎明』の剣への執着を口にします。

騎士団の衰退は軍事的弱体化が引き金となっていますが、根源は千年の平和と繁栄が育んだ腐敗と業病にありました。

滅びゆく騎士団、壊れていく大公を見守るサウラス…。

彼は最後まで主君への忠義を貫く決意を固めます。


(黎明の剣とは、勇者シノレが白竜を屠った剣です。)

「――責めないでくれ。全てを喪った私をもう……

だが、それでも、『黎明』の剣さえあれば……そうすれば、全て叶う。

喪った全てが戻って来る……あれは神の宝なのだから」


 熱と輝きを帯びていく。

それはけして健全なものとは言えなかったが、彼を支える唯一のものと言ってよかった。


 体力が削られたのだろう。

肩を揺らした大公はずるずると、糸が切れたように崩れ落ち、肩を震わせた。

その姿は、闇に怯える子どもを思わせた。


「――……私は耐えたのだ。ずっと、すべてに耐えてきたのに……

何故、神は何も応えない……」


「存じておりますとも。貴方様は誰よりも騎士団を愛してこられた。

だからこそ、この場で重圧を担ってこられたのです。

それを知らぬ者などセネロスにはおりません」


 つい数時間前とは別人のように、弱々しく啜り泣く大公を、サウラスはそう宥める。

落ち窪んで、隈も浮いた、けれど貫くように底光りする目が彼を射抜く。


「清らかなる我が血は神に選ばれしもの……

崩れるはずがない……崩れるはずが、ないだろう?

しかし……やはり神は、私を見捨てたのではないか?

祖先が、祈祷僧が責め立てるのだ、夜な夜な私を……」


 祈祷僧。その響きを、サウラスは苦々しく聞き届ける。

彼は先代の大公の信仰を得て、専横を尽くした挙げ句殺された。

幼い頃の大公にも、色々と苛烈な仕打ちをしていたのをサウラスも見た。

祈祷僧はそれを、大公家が神に犯した罪を雪ぐためだと称した。

この宮殿の装飾も穢れた奢侈と糾弾し、剥ぎ取られたそれを換金して私腹を肥やした。

かの男が短期間でセネロスに加えた暴虐は、計り知れないほどのものだ。


 かつて教団がマディス教の大迫害と大粛清を行った際、教団との摩擦や報復を恐れろくに庇わなかった。

そのことからセネロスとロスフィークは疎遠になって久しかった。

その頃に大量の民を棄てたことで、大手術で血を失った病人同然となり、ゆるゆると弱り続けてきたことを、神を棄てた祟りと称した者もいる。

先代大公は心を弱らせていき――あの邪悪な男は、それにつけ込んだのだ。


「……あの男を殺したのは、私だったのですよ。

けれどそれで、何も救われはしませんでした」


 そんな言葉も、今の大公には届かない。

あらゆるものが積み重なって、二百年前を境に一気に騎士団は弱った。

それは何かひとつが悪いのではない。

ただ、そういう時期だったというだけだ。

そこから新たに立ち上がる力も残っていなかっただけだ。


 取り留めもない、意味の取れない譫言を繰り返す大公を、侍従たちが連れ戻しに来る。

それを見送ったサウラスは一人残り、先程よりも沈痛な物思いにふける。


(……騎士団衰退の事由は、多種多様な要因が積み重なった複雑なものだ)


 それは言うなれば、高く高く積み上げられた積み木が、些細なことで雪崩を打って崩れ落ちるのに似ていた。

引き金となったのは火薬の発明と発展、それによる軍事的な弱体化だ。

しかし崩壊の種は、それよりずっと前に撒かれていたというのがサウラスの考えだった。


 魔獣の襲ってこない楽園の如き大地、豊かに育ち実る作物。

それを守る武勇の騎士。

騎士団を彩った、千年の栄華と繁栄。

それは素晴らしいことだ。

けれど物事には必ず表と裏がある。


 総じて、平和と繁栄は素晴らしいばかりのものではなく、水面下で腐敗と業病を育み続ける。

それらは時代が変わり、綻びが出た瞬間一気に芽吹く。

大公家も例に漏れず、その波に飲まれつつある。

それだけのことなのだ。


 騎士は、騎士団は滅びゆくしか無いのかもしれない。

それでも最後まで主君に忠義を尽くすことが、彼の譲れぬ誇りであった。



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