セネロスの落日
舞台は騎士団に移ります。
かつて栄光に満ちていた騎士団は落日を迎え、騎士団の長である大公は狂気に蝕まれていきます。
大公の姿は威風堂々としながらも、はりぼてのような虚しさを纏っている…。
そして今、亡き妃と妹姫の名を呼びながら現れた大公の瞳には、狂気が宿っています。
騎士団の都、セネロスの落日。読んでいただけたら嬉しいです。
朝が訪れつつあるセネロスの宮殿で、サウラスは一人立ち尽くしていた。
場所は玉座が据え付けられた、ここで最も権威ある場だ。
しかし今は誰もいない。誰もが下がり、寝静まる頃合いだった。
朝日が差しつつあるというのに、そこはどうしてか妙に薄暗く、物悲しい風情があった。
「…………」
そんな中で思い出すのはもう何十年も前の光景だ。
玉座にかけるのは柔らかく、穏やかな風情の老境の男だ。
身にまとう雰囲気は決して威圧的なそれではなかった。
だが同時に、地に根ざした大木のような揺るがぬものを感じさせた。
少年だった彼はそこに跪き、誇らしさで一杯になって挨拶を述べた。
礼装の装飾は、朝日のように輝いていた。
あの頃、彼は十を過ぎたばかりだった。
今思えば、あの時点でも落日の兆しはあったのだろう。
しかしあの頃は、ここまで全てが壊れてはいなかった。
騎士団の首府セネロスは、幾つもの歴史ある壮麗な宮殿が鎮座している。
サウラスは広い宮殿の一角で、かつてと一見変わりのない景色を、そして何もかも変わってしまった現在を思う。
本当に、色々なことがあった。
彼が思い出すのは、ここでつい数時間前叫んだ主君の声だ。
『かの宝が戻れば、すべてが終わるのだ……否、始まるのだ!
黄金の時代が! 神の祝福が! 私の……我が騎士団の栄光が!』
『盟約? 馬鹿げている!
神は裏切りを許すだろうとも、それを超える栄光を得られるのなら!』
完璧に正装したその姿は、夜の闇や暗さをものともせず、まるで神話の再現のような強烈な輝きを放っていた。
そこに突如太陽が現れ、昔日の栄光がその瞬間だけは戻ったかのようだった。
声を張り上げる度にその鮮やかなマントが揺れて、縫い取られた絢爛な宝石が光を反射した。
嗚呼。それは真実威風堂々と、力強く、眩いばかりの姿だった。
しかし、それがはりぼてだというのも分かっていた。
壮絶なまでの力を放つ瞳は、輝きを通り越して狂気にぎらつき、皮膚は青褪めて、手は震えていた。
多くの貴族が見ようともしないそれを、彼は全て正確に見ていたのだ。
彼は三人の大公を見てきた。何十年もの年月、大公家三代に渡って仕えてきた。
世代を経るほどに、彼らは壊れていったのだという気がしてならない。
「誰かいるのか……?」
その時、彼以外の者の声が響いた。
それが誰のものか、サウラスにはすぐに分かった。
主君の声を、間違えるはずがない。柱の向こうから幽鬼のように現れた大公は、虚ろに視線を彷徨わせる。
「何かございましたか?お休みになったはずでは……」
「声が、止まらぬのだ……嘆きの声が……嗚呼、イリーナ、セレゼファイ、助けてくれ……」
途切れ途切れの声で彼が呼ぶのは、亡き妃と、教団へ行った妹姫の名だ。
目は狂気を宿して見開かれている。しかし、顔の下半分は笑っている。
食い入るように凝視してくるそれは、どうしようもなく相手を不安にさせる表情だった。
大公の顔はサウラスを向いてはいるが、彼を見ていないことは明らかだった。




