荒唐無稽な提案
「守勢で時間を稼ぐということで、然るべき手を打っています。
相手方も、水を向けたらそれなりに情報を流してきましたよ。
教団も一枚岩ではないようで」
「まあそうだろうなあ、誕生から死まで、あれだけギッチギチに縛ればなあ。
時間も金も、自分自身のために動かせる余地が殆どない。
息苦しいと感じて当然だろうよ」
「……それでも、それが教団であり、だからこそ二百年間、激流に晒されても崩れずにあれたのでしょう。
長所も短所も、常に表裏一体です」
「まあそうだなあ~
……うーんそうか。少し手助けしようか?
守勢どころか逆転して攻め込んでやればあちらも大わらわ、先のことにも都合がいいのでは?」
荒唐無稽にも程がある提案だ。
バルジールの眉間に皺が寄った。
教団の者の間では、楽団の流儀は侮蔑と恐怖を込めて伝えられている。
侵攻したとて激しい抵抗が待っているだろう。
ただ物資と手間がかかるだけで、それほどの効果も思い当たらない。
「承服できません。するとしても時機を見計らってです。
今そんなことをして、ヴィラ―ゼル兄さんに側面から攻め込まれたらどうなるとお思いですか」
「えーヴィルっちは動かんよ。
賭けても良い。
夏の間は尚更、絶対不動だろうよ。
第一、今回の号令さえまともに聞くのかどうか……」
バルタザールは不満げにぶつぶつ言うが、バルジールは聞き入れる気がなかった。
楽団では同士討ちが当たり前だ。
協力関係を結んだとしても、万が一に常に備えておかなければいけない。
背中を預けるなど馬鹿げている。
隙を見せた瞬間刺され、倒れた側が嘲笑されるだけだ。
「そもそも俺は、そんなことを決められる立場にありません。
どうしてもと言うならアルデバラン兄さんに掛け合って下さい」
「おのれアルばーめ、俺の可愛い弟を……
……なあ、貴下。貴下の指輪、俺が取り返してやろうか?」
「それは絶対にしないで下さい」
本気が伝わったのか、バルタザールも僅かに目を眇める。
断じて譲る気はなかった。
そんなことをされたら、自らを律しきれる自信がない。
その暴挙は長年バルジールの中に燻る葛藤を、その均衡を打ち砕くに充分過ぎる。
殆ど殺気だった目で、余計なことをしてくれるなと彼は伝えた。
「――――……」
バルタザールはそれにただ、薄く淡く笑った。
楽しげな時の声からは想像もつかない――整って、謎めいて、笑っていながら感情というものをまるで匂わせない顔だった。




