初恋
本日はザールさんの誰得な初恋話をお届けします。
「俺の初恋は、忘れもしない七歳の時だ。
あの頃の俺はと言えば、権力闘争とそのための自己鍛錬に追われまくる日々だった――まあ今もだが。
相手は一時期父の気に入りだった女でなあ。
適当な別邸を与えて囲うのではなく、父のすぐ近くで生活させるほどだった。
だから俺も、父の元へ参じる時や、出入りの折に姿を二三度見かけたものだ。
その頃はまあ、こう言っては何だが、どこにでもいる美女という感じだったな。
特段意識に留まる存在ではなかったのだが、そうだったのだが、しかし何が不満だったのかは知らんが、ある日別の男と駆け落ち騒動を起こしてなあ。
寵愛する女というのは、我々のような立場では弱点に繋がる機密そのものだろう?
愛するのなら、相手の生活基盤ごと手中に収めるのが当然だ。
別れたいと言われたって、はいそうですかと野放しにできるわけがない。
目の届かんところで何をされるか、どんな秘密を口外されるか分かったものではないからな。
そういうのは良くない……当時の父であれば尚更だ。
面子的にも黙って引き下がるわけには行かんから、即座に追っ手がかけられたわけだ、うん。
俺も暇だったし、点数稼ぎしておいて損はなかったからな、運動がてらその加勢を引き受けたんだ。
彼らと父では勝負になるはずもなかった。
資本力も人脈も情報網も、何もかもに差があったのだから。
すぐに追いつけたし、追い込めたよ。
俺も微力ながら情報とか色々分析して、彼らの道筋を割り出したりしてな?
決着の舞台はブラスエガの片端の、サダンという街だった。
丁度今教団に攻め込まれている注目の場所だな。
あそこの大鐘楼は有名だが、俺にとっても思い出深く忘れ難い場所なのだよ。
一連の逃走劇のために建物が幾つか壊れてしまったが、まあ些細なことだな。
男の方はすぐに殺したよ。
本題はそこからだ。
鐘楼の頂上まで追い詰められ、とうとう進退窮まった女は、そこから身を投げた。
その時、俺は追手に指示を出しながら、地上で待っていた。
うん、もう少し位置がずれていれば俺も巻き添えだったかもな!
そのくらい際どい位置に、女は落ちてきたよ。
地面に真っ赤な花、そうとしか言いようのないものが咲いて、俺の服にも飛び散った。
彼女は即死できずに苦しんで……それまでにも人死には見たことはあったが、群を抜いて悲惨な姿だった。
なまじ美しかった頃を知っているだけに壮絶だったなあ。
……何故か、何よりも美しく見えた。地に伏し、血と泥にまみれ、赤い花を吐く姿が、嗚呼……完璧だった。
思い出しても胸が震える。
その瞬間思ったのだ。
愛とは今この一瞬、俺が彼女を見つめる感情だと。
それでな、血まみれで息も絶え絶えだった彼女は、最後の最後に俺を見た。
そう思う。
そしてな、何か唇を動かして息を吐いた。
……あれは間違いなく何か言おうとした動きだった。
しかしその中身がどうしても分からんのだよ。
それから独学で読唇なども学んだが、幾ら記憶と照らし合わせても、どうしてもきちんとした意味の言葉が出てこない。
公用語ではなく別の言語か、はたまたどこかの方言かとそちらも当たってみたがやはり、これという答えに辿り着けなかった。
今思い出しても気になって眠れなくなるん
だ。
彼女が一体何を言おうとしていたのか……
あれから二十年近く経つがそれがずっと頭を離れない。
弟よ、貴下は分かるか?
その女が末期に何を言いたかったか」
「………………………………机から降りてくれませんか、兄さん」
「分かるわけ無いだろうが頭沸いてんのか」という本音を喉の奥に押し込んで、バルジールはどうにか己を律した。




