フィドル平野の向こう
それから太陽が現れ、高く空に上った頃、ニアは城を出ることにした。
夜の方が動きやすいのは本当だ。
しかしならず者が多く出る。
反対に昼は比較的安全だが、人目につきやすく動きが制限される。
ニアにとっては、どちらでもそれほど違いはない。
いつ出立するかは棒を倒して決めた。
兄の庇護下から出て、此処から先は激しい競争の世界。
暫くは安穏と過ごしていたから、調子を整えるのに少しかかることだろうが。
ニアはさて行くかと一歩を踏み出そうとし、
「あら、ニア!どこ行くのよ!」
散歩中だったらしきエヴァンジルに捕まった。
それから少しして、兄弟は門までの短くない道のりを歩いていた。
エヴァンジルが見送ると言って聞かなかったのだ。
「発つなんて言ってくれなかったじゃない。
も~、つれないじゃないの。
別れくらい言ってくれても……」
「…………?」
しかし、ニアはそれに首を傾げるだけだ。
エヴァンジルもため息をつくが、それ以上言おうとはしなかった。
彼は良くも悪くも、弟の気質を理解していた。
「…………で、これからどこ行くの?」
「東の方。ちょっとしたお使いができたし、それに、おれの指輪が必要なひとがいるかもしれないから……
でも、いないようなら北へ行くよ」
「あら、北?まだ竜の被害や混乱が収まってないって聞くけど。
危ないんじゃないかしら?」
「南の方が危ない。
これから一荒れ来るからね。
まあ、ナ―ガルにはあんまり影響がないと思うから、落ち着くまでは留まればいいんじゃないかな。
……孔雀の兄さんは、いつまで、どうしてここにいるの?」
「アタシはとにかく、生き延びるのが優先よ。
継承戦も、元々やりたくて始めたことじゃないし……誰にも睨まれず適当に生き延びて、最後に残った誰かに穏便に指輪渡して、それで綺麗さっぱり終わりにしたいわね」
「そう。頑張ってね」
そこからは話が途切れ、互いに暫く無言だった。
そして口火を切ったのはエヴァンジルだった。
「……ベルガルム兄さんが休戦協定に動いたって話、どう思った?」
「本気だと思うよ。
あのひとの指令だし……そうでなきゃあの兄さんが手を緩めるわけないよね」
「そうね、最初はお得意の騙し討ちかと思ったけど。
どうやら本腰入れるみたいね」
ベルガルムの拠点となる州都と、ヴィラ―ゼルの拠点となる北部。
両者の中間地点となるフィドル平野が主戦場となっていた。
ベルガルムは落ち着いたのを見て、現場の将へ戦闘の中止を命じた。
そして使者を立て、休戦を申し入れたという。
これでワリアンドは、一時の平穏を享受することになるだろう。
その意味するところを思い、兄弟は暫し黙った。




