猫と鴉の夜会
楽団から戦禍の音色が絶えることはない。
多くが年がら年中、常にどこかの誰かと戦っている楽団において、静観という選択肢には幾つかの利点が存在する。
その中で最大のものは、力の温存であろう。
周囲が消耗していく中、己だけは力を蓄えることができるのだ。
溜めに溜めたそれを正しく解き放つことができたなら、あらゆるものを消し飛ばすことが叶うだろう。
しかし、力を外敵に傾けていてこそ内側が結束するのも事実。
いつまでも尻込みしていては、下から臆病者と見做され造反の芽を育てることもある。
力を維持し続ける上で、その兼ね合いはかなり難しい。
この血みどろの世界で、発揮されない力は淀み、狂っていくだけだ。
それを分かっていて尚、ニアはギルベルトに静観すべしと忠告した。
そして今、夜の城の屋根をするすると歩いている。
ニアはそもそも夜型であり、昼よりも夜の方が動きが冴える。
高所も不安定な足場も、恐ろしいとは思わない。
「……月が明るいな。もうそろそろかもしれない……」
上を向いた、長い前髪の分け目から一つだけ晒された緑の目は、暗がりでも淡く輝くようだ。
暗闇に潜むほんの僅かな光を弾いたような、不思議な明るさで浮き上がっている。
「……いつまでも、のんびりしてはいられないよね。
ここの兄さんたちにおれの指輪が必要でないなら、ずっと留まる理由はない。
別の場所に行くべき。
めんどくさいけど……」
首元に下げた金の指輪を指でつまみ上げ、そして弾いた。
ニアはこんな指輪も、総帥の息子という立場も、兄弟間の争いも、その他諸々の付随物も、一つとして望みはしなかった。
金の指輪などいらないし、総帥争いなど真っ平だった。
それなのに、彼が。
『息子たちが全てを賭して戦うというのに、私はひとり観覧席か?それは寂しすぎる』
『――これは私の軽い遊び心だよ、ニア。受け取ってくれたまえ』
楽しげで、なのに陰鬱で、とめどない倦怠を忍ばせ、それでいて有無を言わせぬ響きを込めた。
笑いを含んだ男の声を思い出して、ニアは目を閉じた。
総帥が息子たちのために創らせた金の指輪。
その中で、ニアのものにだけ特別条項が設けられている。
そもそもニアは、この継承戦の参加者ではなく、位置づけとしては進行役、時に傍観者に近い。
兄弟に配られた金の指輪の内、彼の指輪だけは、奪っても戦果や評価として加算されないのだ。
その代わり――
「……子狼の動向も、動き始めた使徒狩りも。
結局、ずっとあっちのあのひと、次第。
全部あのひとの掌の上……」
茫洋とした目つきのまま、ニアはそんなことを呟く。
長い間月に照らされた屋根に佇み、月がやや傾いた頃だろうか。
新たな気配が近くに生じた。
聞き覚えのない声で、知らない呼称で誰かに呼びかける。




