婚約の行方
「お姉様……」
「……どうしたの?眠れない?」
いつの間に来たのか、戸口にいたのは妹だった。
まだ幼いものの、肌で最近の異常事態を感じ取っているのか、寂しそうにしながらも不平を漏らしたことはない。
そんな妹のいじらしさに胸が詰まる。
「……お姉様。一緒に寝て良い?」
「……ええ、勿論。こちらへいらっしゃい」
暑い夏夜だが、妹が感じているだろう心細さを思えば、一緒に寝るくらい何でもない。
夜着姿の彼女を招き寄せて、一緒に寝台に入る。
妹の手前、何とか笑みは保ったままだが、酷く疲れていた。ここ数ヶ月で溜め込み続けた疲労だった。
ついこの間までは尊敬の眼差しを向けてくれた人々が、好奇心を隠そうともせず不躾に見つめてくるというのは、中々堪えるものだ。
婚約破棄された親類たちの縁談も難航し、家全体の空気が緊迫している。
特に新たな縁談相手を探さねばならなくなった者たちは、目に見えて窶れ、険しい顔をしている。
結婚相手が見つからないというのは、それだけ重大事なのだ。
本人だけではなく家全体にとってそうだ。
縁談が潰れれば潰れるほど他家との繋がりが薄れ、孤立に近づき、次世代に深い爪痕を残すことになる。
まして今回のような不祥事で縁談話が壊滅すれば、丸々一世代分損をするのだ。
格下でも年嵩でも、鼻持ちならない相手だろうと、いないよりは良いというのが本音だった。
しかも、婚約破棄を言い渡してきた相手家から、別の縁談を勧められたことすらあった。
無論善意や詫びなどではない。
いづれも格の低い、かつての縁談相手と比べれば見劣りする相手ばかり。
「醜聞でケチのついたお前如きにはこのくらいが相応だ」と、どれだけ謝辞や麗句で飾り立てようとも、それは嘲りであり侮蔑に他ならなかった。
「あなたは恵まれた方だわ」と、疲れ切った声でそう呟いたのは誰だったか。
実際、その通りだと思う。
「何かおはなしして……」
「ええ、良いわよ。何が良いかしらね……」
自分はまだいい。政略とは言え相手に愛してもらえ、格下げされたと言えど縁談そのものは流れずに済んだのだ。
随分恵まれている方だ。
だけど……思考の渦に陥りかけたところを、妹の声に引き上げられる。
「ねえお姉様……こんど狩猟祭って、お祭りあるんでしょう?どんなのなの?」
「……お城の向こうのお山を知っているでしょう?あそこで、皆で狩りをするのよ。
沢山獲物を追って、素晴らしい結果を出した方が讃えられるの」
「そっか。見てみたいなあ……」
「そうね。騎士の皆様もいらっしゃって、礼装の行進はとても華やかな光景だわ。
あなたは小さいから、まだ行けないでしょうけれど……」
そして、自分も行けるかどうか…………いや、行きたいのかどうかも良く分からない。
今度の狩猟祭の結果に、婚約の行方が掛かっているなんて、この娘に言ってもどうしようもないことだ。




