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鬱憤晴らし

「…………」


 咄嗟のことだった。過ぎてから心臓が早鐘を打ち始める。

深く息を吐き、背筋を伸ばしてまた歩き出した。

抜けた先は開放的な列柱廊であり、その真ん中から大きな階段が地上に向かって伸びている。

白く濡れたように輝く石材が、薄暗い夜の景色に浮かび上がっている。

そこから降りようかとも思ったが、目立ちそうなので素通りした。

迂回しよう。廊下を抜ける時、誰かの気配が後ろの方で動いた気がした。


 それから数分後、一階の扉を静かに開けて外に出た。

庭には夜露が降りていて、光を弾いて眩しいほどに輝いている。

 空には巨大な丸い月が浮かんで、青白い光を庭に投げかけている。

その光景に、今日は満月だったかと思った。


 月末の引っ越しの準備もあり、最近は慌ただしく人が行き交う日が多かった。

だが今この近辺は静かなものだ。


「……同じ庭でも、夜は結構趣が違うな……」


 首を回して、あちこちに視線を向ける。この辺りは城の中でもかなり人通りの少ない区画だ。

見つかりたくないという心理も手伝って、シノレは引き寄せられるようにそちらに進んだ。

しかし、そこで異変に気づいて足を止める。


 そこは、先程出てきた建物の別棟のすぐ近くだ。そびえ立つ石壁の向こうに、誰かがいる。

ここは楽団ではなく、安全性の高い教団の城だ。

すぐどうというものでもないだろうが、それでも警戒してさっと距離を取った。

そこに、更に声まで聞こえてくる。


『あーーーーーもう……!!!』


 そうしながら頭の中で大至急地図を引っ張り出し、向こう側について思い出す。

確か……人気のない通路の、うんと奥の突き当りだったはずだ。

人が行き来する場所でもない。

そこで誰かが抑えた声で、何事か喚いている。


『不慣れで悪かったわねっ!

こっちが新参なのを良いことに、よくもネチネチグチグチと…………!!』


 それは鬱屈した少女の声だった。

最初は何とか声を潜めようという気持ちが感じられたが、寧ろそれで鬱憤が破裂してしまったらしい。

やがて声は高くなり、過熱していく。


『私の身内がどうだろうと、あんたに全く関係ないでしょうが!!!

当事者に言われるならまだしも外野から好き勝手、それが一番ムカつくのよ!!!』


 声はどんどん荒ぶっていく。シノレも何だか、聞いていて居た堪れなくなってきた。


(…………聞かなかったことにしよう。このままここにいても、誰も幸せにならない)


 相手も近くに誰もいないと思って吐き出しているのだろうし。

ここは慌てず騒がず、何もなかったように場を離れるのがお互いのためだろう。

瞬時にそう判断し、シノレは速やかに撤退しようとした。



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