夜半の密談
「…………」
聖者と別れ、夜が更けてから、シノレは部屋を出ることにした。
城内の夜は薄暗く、空気は落ち着いている。
石の香りとでもいうのだろうか。木造建築にはない独特の冷気のようなものがあり、夜の温度は快適だった。
流石に昼間あれだけ眠れば、夜にまたぐっすりというわけにもいかなかった。
寝床に入っても眠れず、業を煮やして起き出して、適当に城内をぶらつくことにしたのである。
多少体を動かせば、また眠れる気がしたのだ。
警備の者に見咎められないよう、それほど遠くへは行くつもりはないが。
首にかけた魔晶銀の護符をちらりと見下ろす。
気の所為だろうか。魔力を使えば使うほど、力が蓄積されていく気がしていた。
軽く握り、深呼吸して目を閉じた。
魔力を込め、満ち渡らせ、広げていく。するとほら、やがて周辺の声が聞こえてきて――……
「報告は来ているか?」
「はい、ラザン様。どうやら……」
――ではない。近くから響いている肉声だ。咄嗟に物陰に隠れて息を潜める。
別に疚しいことはないが、見つかって絡まれるのは遠慮したい。
足音とともに近づいてくるのは、聞き覚えのある声だった。
「…………そうか。つまり、ベウガンは相変わらず浮足立っているか……」
「ラザン様……あまりお気を落とさずに」
やってきた男たちは、簡単にだが武装していた。
内一人は、シノレも知る人物だった。
身なりからして、城内警備の長であるらしい。
徐々に目が慣れてきたので、そっと窺う。
大股で歩いてくるラザンは顔を顰め、こめかみを押さえたようだ。
「大街道の土砂撤去はまだ済まないのか?シュデース家は何をしている……」
「何分量が多いそうで……人足を総動員させて、五割方は完了したそうですが、未だに軍を通行させるには……」
「全く……!ベルガルムとヴィラ―ゼルが休戦しようという時に、何をしているのか!
協定が成った場合どこに矛先が向くかは明らかだろうに!!」
怒声一歩手前の声でそう言い、ラザンは長く息を吐いた。
そこに、やりきれなさと疲労が滲む。
「……横槍を入れるとしたらバルタザールだろうが、どうも本人が今ワリアンドにいないようだな。
あそこも様子見に回ると見て良いだろう……そう装い油断させる腹かもしれんが、期待すべきではなかろう。
総帥も支持したという話だからな」
「となれば、やはりもう止められませんか……」
「そうだ。だからこそ、準備をしておかねばならん。
本当なら狩猟祭の準備などしている場合ではない」
ラザンは苛立ちを隠さず吐き捨てる。
そこにもう一人の男が、宥めるように声をかけた。
「都市には元々の常備軍がおります。もしもの場合にも時間稼ぎにはなるはずでは」
「戦力の有無の問題ではない。連中が恐慌を起こせばもう取り返しがつかん……
そうなれば、防戦どころではなくなる。壁も装備も何も意味がない。全て人の意思あってなのだから」
そんなことを話しながら、警備の男二人は通り過ぎていく。
それを確認して、シノレはのそりと隠れ場所から這い出した。




