暑気払い
ところで皆様ジャスミンティーはお好きでしょうか。
私は大好きです。
毎日とは言いませんが週に二日くらいは飲めないと寂しいし物足りないです。
そんな感じで、夕飯風景のお届けです。
珍しいことに、その夜聖者はどこにも招かれていなかったので、久々に夕食をともにすることになった。
出てきたのは貝類と生野菜のサラダ、野菜を大量に使ったスープ、そして冷やした麺類だ。
流石夏野菜というべきか、全体的に色が非常に鮮やかだった。
涼し気な透明の皿を彩る盛り付けが美しい。
手近の籠には多種多様な、木の実やら山桃やらが入ったパンが盛られている。
おまけに柑橘と薄荷で味付けされた水には氷まで浮いているという贅沢ぶりだ。
最近、こうした食事に慣れてきそうな自分が怖い。
そんなことを思いながら、シノレはそれらをもくもく咀嚼したのだった。
「シノレ、大丈夫ですか?最近は食が進んでいなかったのでは……
けれどどうか、少しでも食べて下さいね」
「……ん、結構良くなった。ていうか食べないととか、聖者様には言われたくない」
流石に食欲旺盛とはいかないが、出された分きちんと平らげることができた。
この調子なら、不調も改善されていくだろう。
そのことに安心して、心做しか味も良く感じた。
そして聖者は相変わらず、あまり手を付けない。
主菜が終わって供された茶で一息ついてから、先日聞いたばかりの話を持ち出してみる。
「……月末には、エルク様たちが来るんだよね。
オルシーラ姫への接遇のために。
まあ、監視かもしれないけれど」
「そうですね……できればでいいのですが。
機があれば、シノレもジレス様からお話を聞いておいてくれませんか」
「……それは祖先について?」
「そうですね。子孫だからこそ伝わっているものがあるかもしれませんから」
初代使徒が、何者であったのか。
隻眼の使徒ザーリア―は使徒でただ一人、来歴も出自も何もかも謎に包まれている。
結局は二百年も前のこと、完全な解明など望めるはずもない。
問題は現在のザーリア―家に、どれほどのことが伝わっているのかだ。
それとなく探ってみてほしいと、そう聖者に言われた。
「私では、あの家の方々に近づけませんから。
元々嫌われていますし、警戒されているのです。」
まあそれは、薄々感じていたことだが。
正直シノレでも似たようなものだと思う。
口に出すことはしなかったが。
最後にやってきた小さな杯は、細かく砕かれた薄い色のゼリーで満たされていた。
器ごと良く冷やされており、柑橘と、知らない何かの香りがする。
慎重に口に含むと、少し蜂蜜の甘さを感じた。
驚くほど冷たく涼やかな味わいが、甘い余韻を残して喉を通っていく。
「……何この風味……」
「……茉莉花、それに氷玉ですね。
暖かい地域の花と、寒い地方の果実です。
氷玉をゼリーに閉じ入れて、花で香り付けをすると、こういう風味が出るのですよ」
「氷玉って確か、凄い北の山でしか採れないやつでしょ?贅沢だなあ……」
それに、聖者は少し笑ったのだった。
「この辺りでは定番の暑気払いですね。
今のシノレにはぴったりかと……
それに、次の宴ではきっと、もっと凄いことになりますよ。
レイグ様はエルク様の歓迎のために、特別なおもてなしを考えておられるそうですから」
食事を終え、片付いてからはまた沈黙が落ちた。
それは気詰まりなものではなく、どこか食後の余韻に浸るようなそれだった。




