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魔力の流れ

 夏の気配はどんどん濃くなり、シノレの体調も悪化する一方である。

その日は朝から一段と熱気が酷かった。

それでもいつも通り誘いに来たユミルに、何食わぬ顔で応じようとしたのだが、


「申し訳ありません、ユミル様。今日は、シノレを連れて行かないで下さい」


 立ち寄った聖者のそんな一声により、シノレは城にとどまることになった。

石造りの城内の奥は、外に比べれば若干熱気が穏やかだ。

それでもこのところ、どこか朦朧とするというか、足元が覚束ない感じを味わっていた。

頭の奥がくらくらと熱っぽい。

目眩のような感覚に、手足の重さがある。


 シノレの出身地はツェレガ、楽団の北端だ。

教団の南部とは気候が全く違う。

春や秋はまだ良いのだが、夏と冬は一層その違いが顕著になる。

身を切るような厳冬に襲われないのは良いが、夏の暑さには心底辟易する。

ここは去年の夏過ごした聖都より、更に南の地点であるから尚更だった。


 日に日に澱のような疲労が溜まっていっていた。

けれど、それを表に出すなどできるはずがなかった。

楽団では不調を気取られたら最後、その瞬間薙ぎ倒され、一切合切奪われる。

それが当然の環境で育った。


シノレにとって多少気分が悪くても黙って我慢し、隠すことは当然であり、習性にも等しかった。

だから暑気で体が参っていようと、申告はおろか人に気取らせるつもりすらなかった。

何よりかつての色々に比べれば、この程度遥かにましである。

特段重視するほどのことではないと、そう思っていた。


「シノレ、大丈夫ですか?」


 だから部屋の扉を閉じて、聖者がそう聞いてきたことに、少なからず驚いたのだ。


「体調が良くないのでしょう。……夏の暑さが、堪えているのではないですか」


「……そんなことは、」


「では、これからそうなるかもしれませんから。

対処を知っておいて下さい。今後にも繋がることですし」


 清流のような金髪を揺らし、聖者は振り返った。

いつもの装束をきっちりと着付け、その顔には汗一つ浮かんでいない。

寝台に座ったシノレに近寄ってくる足取りも、乱れのない涼やかなものだ。

小さめの歩幅で十歩、そこで丁度シノレの前に到達した。


立ち止まった聖者は、シノレの顔を覗き込む。

「魔力」と、その口が声を出すことなく動く。


「……流れを調整することで、改善できるかも知れません。」


 屈んだ聖者に、手に触れられる。

暑いところに更に温かさが増えるが、不思議と不快ではない。

少しぼうっとした頭で、シノレは他人の魔力が流れてくるのを受け入れた。


 互いに魔力を引き出し、流し入れ、不純物を流すように循環させていく。

淀んで、滞っていた流れが変化する。

それまでは内に内にと熱が籠もっていく感じだった。それが打って変わって、ひやりと冷たく、穏やかになっていく。

どこからか、水音のようなさざめきを感じる。

絶えず流れるそれに、不要な熱が拭われていくようで、シノレは心地よさを感じた。


「……少し、眠っていいですよ」


 気づけば寝台に倒れ、転がっていた。

今までにないほど、酷く静かな気分だった。

聖者の声と、水音の気配以外何も聞こえない。

前髪に触れられ、どんどん穏やかになっていく。


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