緊張
ワリアンドの情勢変化により、地境の緊張は日々高まる一方だった。
誰もが神経を尖らせ、恐怖を誤魔化すように日々を送っている。
地境に近くそれなりの規模を持つ都市、ウィラントの空気もまた張り詰める一方だった。
「ベルガルムとヴィラ―ゼルとの間に休戦協定が持ち上がっている。
噂は、やはり本当のようですね」
「ええ。ここ最近は、両軍が衝突を避けて動いています」
「どこかがちょっかいを出してくれれば良かったのですが、この様子ではそうもいかなそうですね」
会食しながらやり取りするのは、街を管理する役人たち、ファラード家の諜報員、また地境の防衛に携わる者だ。
全員が使徒家のどこかしらと関わりを持っている。
彼らは、この地に由来する家系や背景を持たない。
地方の統治のため、聖都の指令を受けて遣わされた者たちだった。
だからこそこの状況に、彼らなりの危機感と緊張を覚えていた。
「何かが起こることがあれば、皆様の退避は我々が責任を持って請け負います」
「ありがとうございます」
もしも地境の均衡が崩れ、ここに敵兵が詰め寄せたなら。
その場合、彼ら中央の官吏たちは速やかに退避することが最善であり、互いのためでもあった。
戦乱の最中は、何が起こるか分からない。
敵に殺されるかも知れないし、恐れをなした民たちに処刑されるかもしれない。
どのような死に方かは問題ではない。
聖都にとっては、「殺された」という事実こそが重要だ。
まして使徒家が殺されるようなことになれば――もう取り返しはつかない。
使徒家は、一度でも教団に刃を向けた者を決して許さない。
エレラフの惨禍は、一帯の人間の記憶に生々しく焼き付いている。
戦端が開かれた時最優先すべきは要人の安全確保と避難であり、次に防衛だ。
教団の地方都市では、それが当然の考え方だった。
だが――妙に白い顔をしたその男に、オードリックは目を向ける。
「サレフ殿は大丈夫ですか?失礼ながら、このところお顔色が優れないようですが……」
「…………いえ、問題ありません。このような時のためにいるのが我らです。
少しでも街に降り注ぐ災禍を減らすべく、全力を注ぎましょう。訓練は滞りなく続けておりますのでご安心を」
「それは頼もしい限りですが……」
献身的な言葉とは対照的に、声はどこか虚ろに思えた。
それにオードリックは不安を覚える。
だが――この段階に至って、聖都に増援や別の者を求めるわけにもいかない。
「……以前ご提出頂いた防衛案も訓練計画も、見事なものでした。
これが聖都で近衛に属していた方の器量かと、感服致しました。
我ら一同貴方のことは信頼しておりますが、あまり根を詰められませんよう」
「はい、ありがとうございます」
青年将校はそう答えたが、やはりその目はどことなく虚ろなままだった。
それが妙に、オードリックの心にかかった。




