使徒家の家風
月初の宴の余韻も去り、城内の空気も落ち着いてきた。
日数が経つにつれ、じわじわと夏の空気が街を覆おうとしている。
だが城の北側には山があるため、日差しが遮られやすく涼やかだ。
風通しの良い北側の露台で、レイグと聖者は涼んでいた。
夏用の椅子に座る互いの間には、よく冷やされた茶と水菓子が置かれている。
「聖者様、城の居心地は如何でしょうか。もしもご要望があれば、遠慮なく仰って下さい。
シアレットの生活で、何か不便はおありではありませんか?」
「はい、レイグ様。ですが充分すぎるほど良くして頂いております。
日頃から何くれとなくお気にかけて頂き、有り難く思っております」
レイグはその日、久方ぶりの聖者との時間に安らぎを覚えていた。
互いに空き時間が一致したので、短い時間だが歓談することになったのだ。
微笑む聖者を前にすると、疲労がするりと抜けて、心が軽くなる思いがした。
茶の香りも、いつもより深く感じられる気がする。
聖者は神の使者であり、既にして教団で絶対の存在だ。
神聖にして完成された権威であり、その前で隠し事や企みをする意味もない。
だから立場だの駆け引きだのに囚われる必要もない。
卑俗なつまらないことなど気にしなくてもいいのだ。
そうでなくても聖者は、ただ同じ場所にいるだけで心洗われ、癒やされる心地がする。
そのような憩いを与えてくれる相手は非常に稀であり、だからこそ混じり気なしの好意と信仰に値した。
そんな風に、見返りなしに尽くしたいと思うこと自体が、彼にとっては稀なことである。
「ユミル様たちは、今日もシノレと訓練をしておいでとか……シノレと親しくして下さっているようで、有り難いことです」
「ユミル殿は分け隔てない明朗な方ですからね。あのような者でも、傍にいれば気にかかるのでしょう」
レイグにとっては何気ない言葉だったが、聖者の顔が曇るのを見て内心舌打ちした。
聖者が選び、気にかけているというのは承知している。
しかし彼の中では楽団の奴隷、薄汚い小僧という意識が抜けきらない。
彼の従弟、ベルンフォード家のウィリスは領地滞在中、色々連れ回したり気にかけていたようだが。
レイグとしては近づく気にもなれない相手だった。
こういう面が反感を買いやすいのだということには気づいている。
しかしセヴレイル家にとってはそれは、どうあっても切り離せぬ宿痾のようなものであり、またそれを容認される環境にあった。
ワーレンを除けば、使徒の序列としてセヴレイルの上に来るザーリア―とカドラスは、いづれも謙虚な従者気質の家風だ。
彼らはセヴレイルが幅を利かせても目くじらを立てない。
それが全体の益になるならとやかくは言わないし、少なくとも矜持絡みで立腹したりはしない。
セヴレイルも尊大に振る舞いはするが、定期的な贈与品、謝礼や根回しでその分帳尻は合わせている。
何より己はどこまでいっても教団の歯車、ワーレン家の臣下であると心得ている。
使徒家という枠組みの中で二百年間、彼らは代々そんな暗黙の了解と、微妙な均衡を保ってきた。
しかし、聖者相手では謝礼で片付けるという手も使えない。彼にできることは素直に詫びることだけだった。




