『黎明』の剣
「……ちょっと。休んだ方が」
「……大丈夫です。貴方よりは慣れていますから。続けます」
その力のやり取りは、声を用いない対話のようだった。
剣からの怒号のような反発と、それに平伏し謙る聖者の力。
どれほど拒まれても聖者はひたすら静かに、一定の力を送り続ける。
その中継点であるシノレには、互いの細かい機微は感じ取れなかった。
だが、続ける内に拒絶は緩まっていくのが分かった。
荒々しく熱の籠もった剣の波動が、徐々に穏やかになっていく。
ややあって、シノレの手の中から、冷え切った聖者の手が引き抜かれた。
聖者は青白い顔を伏せ、細く息を継ぐ。
そのこめかみには汗が滲んでいる。
聖者に似合わぬそれにシノレは驚き、そして目を逸らした。
「…………大体、分かりました」
「……大丈夫?良く分からないけど、大変だったんじゃないの?」
「いえ……思ったよりも、気難しくはありませんでしたよ。
以前の持ち主の影響でしょうか……」
聖者は弱く笑みを浮かべる。
そこには疲労が浮かんでいるが、僅かな達成感も窺える。
シノレは黙って立ち上がり、手巾と水を差し出してから続きを促した。
短い休憩を挟みいつもの顔を取り戻してから、聖者はゆっくりと言った。
「……この剣もまた、調子が戻っていないのでしょう。
長い間封じられてきたのですし……こう言っては不遜ですが、大分中身が錆びています。
振るうことを許されたとしても、暫くは錆落としに専念しなければいけないでしょうね」
「……そう。……それで、僕はどうすればいい?」
「今まで通り。まずは剣との関係を作っていくことです。
中まで入れるようになったら……内部にこう、……固まって淀んだ部分があると思いますので。
絡まった箇所を解いて、正しく力を循環させることを考えて下さい。
一応ご了承は頂けたと思うので、余程不機嫌な時でなければ受け入れて下さるかと……ですが、無理はせずに」
そう助言される。そこで終わりかと思ったが、話はまだ続く。
聖者は更に情報を明かす気があるようで、口を閉ざすことはなかった。
「貴方が言った通り。こちらはかつて、あらゆる魔獣を屠った『黎明』の剣で間違いありません。
かの英雄の秘宝を大公家から盗み出し、封じた者がいる。
……この長櫃ごと剣を封じて海に投じたのはやはり……」
考えをまとめる意味もあるのだろう。聖者は瞑目する。
そうしながら、何か、深く考え込んでいるようだった。
短い間の後、聖者は静かに言った。
「おそらくは…………最初の使徒、ザーリア―でしょう」




