勇者シノレとの邂逅
「……こちらのお庭のこと、良くご存知なのですね。
聖者様にとってこのお城は、慣れ親しんだ場所なのですか?」
「そう、断言するほどでもありませんが……何度か滞在したことはあります。
皆様とても良くして下さる、良い方たちです」
そこで聖者は言葉を切り、体をこちらに向けて相対した。
その顔は僅かな憂いで曇っているが、そんな様すらもため息が出るほど美しい。
「ただ……先程のことは、申し訳なく思います。
私にできる協力は惜しみませんので、オルシーラ姫も気落ちなさらず、今後の滞在を実りあるものにして頂ければと、そう思っています」
「聖者様がお詫びなさることではありません。
そんな風に仰られると、却って困ってしまいますわ」
そこでふと思い出したのは、つい先程醜聞の渦中に立たされていた少女のことだ。
あの令嬢のことを、聖者はどう思っているのだろう。
あれだけ肴にされていたのだから、何も気づいていないということはないと思うが……聞いてみようかと思ったが、それより先に聖者が動いた。
どこまでも深く輝く青い目に見つめられると、それだけで言葉が喉の奥に仕舞われてしまう。
短く息を吐いて、呑まれそうになる己を律する。
そんなオルシーラに曖昧に微笑み返し、何かを探すように青い瞳を揺らした聖者は、ふと微笑んだ。
その顔に僅かな人間味を感じて、どきりとする。
聖者はごく淡い金髪を揺らし、「シノレ」と彼女の後ろに呼びかけた。
その声もまたどこか嬉しげで、淡い温もりを帯びていた。
「来て下さい」という声に従って、向こうから銀髪の少年がやって来る。
一定の距離を保ってついてきていたらしい。
近づくと、聖者やオルシーラよりも少し背が低いのが分かった。
「……オルシーラ姫。以前お約束した通りご紹介致します。
こちらが私が勇者と呼び、傍に招いたシノレです」
「まあ、この方がそうなのですね。はじめまして、お会いできて光栄です」
「……はい、はじめまして。こちらこそお目にかかれて光栄です。オルシーラ姫」
お互いに儀礼的な挨拶は交わせども、実際オルシーラはその少年に殆ど注意を向けていなかった。騎士団であれば手の甲に接吻の一つもするところだが、教団でその手の挨拶は主流ではないし、実際一度もされたことがなかった。
それは正直、特徴のない少年だった。オルシーラにはそう見えた。
聖者のように、誰が見ても一目で分かる特殊性や絶対性は全くない。
挨拶の言い方も魅力的とは言い難く、寧ろ棒読みだ。
その顔立ちも悪い訳では無いが、生まれつきの姫君である彼女を嘱目させるほどのものではない。
それでも強いて言うなら、紫がかった薄青色をした瞳が悪い意味で印象的だった。
妙に生気がなく濁っているのだ。
無機質というか虚無的というか、総じてその少年は、勇者という言葉の勇ましさや眩しさからは程遠かった。
そもそも勇者の紹介云々だって話の流れでそうなっただけで、然程興味を持っていたわけではなかった。
今の彼女にとって、気に留めるほどの存在でもない。
来たばかりの頃一瞬邂逅したことも、既に彼女の記憶にはなかった。
ただ胸元の首飾りだけが、小さく熱を持って揺れた。
そのことにオルシーラはまだ気づかない。
一度目も二度目も、シノレとの邂逅は彼女に何かを残すことなく、程なくして記憶の波間に消えるだけのものとなった。
中々描写できませんでしたが、シノレは楽団でのあれこれとか色々な苦労から、目が死んでる系少年です




