リヴィアの嘆き
一方リヴィアの方も、追いかけてきた相手に苦しい胸の内を吐露していた。
彼女としても結婚直前のこの出来事は不運としか言いようがなかった。
教えでは今の生で起こる不幸は前世の報いと言われているが、一体どんな罪を犯したというのだろうと、そう悲観してしまうほどに。
結婚が総じて思い通りに行くものではないというのは話に聞いていたが、まさか始まりもしない内から、こんな形で躓くとは思わなかった。
既に結婚していたならともかく、現時点では婚約だけの関係だ。
このまま結ばれることが難しいことは彼女にも分かっていた。
家名に傷がついた以上、付き合う家の格も落とさなければならない。
悪評が風化するまでの間は社交も自粛するのが当然だ。
縁談にしたって、傷がつく前にした約束では釣り合いが取れないのだ。
「……周りにも言われました。ブライアン様の名誉まで傷つける前に、婚約破棄を申し出るのが正しい振る舞いだと……」
それでもできなかったのだろう。
最適解だと納得したからといって、すぐに割り切って行動に移せるほど、人間の心は単純ではない。
リヴィアは顔を隠したまま、弱々しく言葉を継いだ。
「私のせいでブライアン様にご迷惑がかかる。それが申し訳なくて、でも……」
「お顔を上げて下さい」
シオンはそれを、痛ましく感じずにいられなかった。
教徒にとって罪を犯すとは、あるべき規範から外れるとは、本当に重いことなのだ。
係累すらも見逃されることはない。親の罪は子に報う。子々孫々後ろ指を指される。
本当に酷い場合は、人間扱いすらされなくなるのだ。
ヴェンリル家のローゼやルドガー、その母の実家シュルト家、或いはハーヴェスト家のように――
……シオンはかつてのことを思い出してやや顔を曇らせたが、すぐに笑みを浮かべた。
「確かに当分、厳しい目に晒されることは避けられないでしょうが……永遠に続くわけではありません。
冷たくされても心を込めて接すればいつか雪解けは訪れます。
……または、何かしらの功を上げれば、汚名を雪ぐことも可能です」
そう、それは実際にあり得る話であった。
先例も存在する。最も手っ取り早いのは戦で功績を上げることだが、そうでなくても色々と道はある。
敵前逃亡した身内の咎を、死兵への志願で償った兵。
重要拠点の奪還を以て先祖の失陥の咎を拭った軍人。
シオンはあれこれと実例を言い聞かせ、何とか気分を持ち上げようとした。
本人の興味関心の偏り故、その内容も大分偏ってはいたが。
とにかく一時の汚名は永遠ではないのだと言って聞かせる。
「誰もができることをするしかないのです。
本当にブライアン殿と連れ添いたいと思うなら、誰に何を言われても自分を曲げず、彼を支え続ける気概がなければいけません。
……そうしていれば、味方も現れるはずです。
助け合い、そして分かち合う。結局のところ、教団はそういう場所なのですから」
更に、自分の話も付け足してみる。
思い出すのは聖都にいるはずの許嫁のことだった。
幼い頃から全く変わらない顰め面も、思い返せば懐かしい。
もう結構な間会っていないが、元気にしているだろうか。
「私にも許嫁がいます。貴方がた同様式は見送りましたし、会える機会も少ないですが……以前と何も変わらず、彼の笑顔を見たいと私は思っています。ブライアン殿とてきっと同じです」
そして目を腫らしたリヴィアに、シオンは手近な場所から摘み取った花を差し出した。
「可憐な貴女に、そのような憂いに沈んだ顔は似合いませんよ。ブライアン殿とて、貴女の笑顔が何よりも見たいはずです」




