聖者の右側
「時に、シノレ君」
だから、シオンが隣からわざわざ話しかけてくるとは思わなかった。
ユミルを追わなくて良いのだろうか。シノレは少し驚いて目を上げる。
元々シノレは栄養不足か体質か、教徒の中では背が低く、シオンは女性にしてはかなり背が高い。
そんな彼らは、立った状態で頭一つ分ほどの差があった。
見上げた角度に、聖都にいるだろう教育係のことを久々に思い出す。
そう、背の高さは丁度彼と同じくらいだ。
そう思いながら見上げたシオンは微笑んでいたが、どこか真剣な様子だった。
「君は、聖者様とともに歩くことが多いでしょう?
不躾を承知で問いますが、君はそんな時、どちら側を歩いていますか?」
思いもよらぬ質問に目を瞬いた。そう言えばこの女騎士は、聖者の元護衛だったと思い至る。
ということは、何か試されているのだろうか。
思いながら、シノレは記憶を探ってあることに気がついた。
あまりにもさり気ないことで、強く意識したことは無かったが、そう言えばそうだ。
「…………右側、ですね」
「そうですか。……聖者様がそう望まれたのですか?」
そう言われて、更に記憶を辿る。聖者の手を取って導く、そんな時。聖者がこちらに差し出す手は、常に右だった。
「はい。いつも右でしたし……普段から、聖者様は僕の左側にいらっしゃることが多いです」
「そうですか…………ありがとうございます、シノレ君。
これからも聖者様のこと、宜しくお願いしますね」
どうして礼を言われたのか分からない。
見つめ返すシノレに女騎士はにっこり笑い、きびきびとユミルの方へ歩き出した。
シノレも続いて中に入ろうと足を進めた。何だろうか、妙に気になる。
非礼は承知で、追いかけて問い質そうかと思った時だ。
直後、ある一瞬で空気が変わった。
水面に小石が落ちたように、静かな異変が広がっていくのをシノレは敏感に察した。
けれど、その変化がどういうものか分からない。
今まで感じたことのない風向きだった。
取り敢えず息を潜め、慎重に周囲を観察する。
異様な空気の源泉はすぐに見つかった。
広間で令嬢が一人、婚約者らしき青年に手を引かれて歩いている。
それに視線が集まっているようだが、これは。
(……………何だろう。嫌な感じがする)
胸の中が冷え込むような、何かを感じた。
何かこう……決して良い意味での注目ではない、そんな印象だった。
少しして、それに心当たりがあることに気づいた。




