社交
「それにしても聖者様は、シノレのことを実に大切にしておられるのですね!」
重厚な金色を基調とした広間を、人を避けて進んでいく。
明かり取りの窓から昼の光が差しているから、まだ燭台の出番はない。
白い光の中で、居並ぶ人々の影が淡く揺れていた。
先を歩くユミルは、顔だけで振り返りながら言う。
「だって、ああいう時に当事者の意向を聞くなんて、まずありませんよ」
シノレは苦笑して、「……そうでしょうね」と返す。
勇者とか言われる自分は、色々と特殊な立場だが、それでも敢えて分類するのなら、聖者の従者か付き人に当たるのだろう。
そして主人が従者に命令する時、相手の意思確認など必要ない。
基本的に彼らは従属物であり、財産であり、主人が思うままに扱える存在だ。
それはシノレも何度か見た光景だ。
他者に貸し出されているところも見たが、その時も当人の気持ちなど聞こうともしていなかった。
「……僕の如き卑賤には勿体ないことと受け止めています」
「別にそれはしなくて良いんじゃないですか?
聖者様には聖者様の価値基準がおありなのでしょうし」
当たり前のように返され、少々戸惑う。
調子の狂うやり取りだった。
ユミルと話すと時々感じたことだ。
この少年は屈託なく、これまで学んできた教徒の会話法も無視して、思いもしない答えを投げかけてくるところがある。
それを見て先導するシオンはにこにこと笑っていた。
「それで、これからどうしましょうか?」
「一応ユミル様は、私の付き添いということになりますから……
まずご挨拶に向かいましょう。
レイグ様や、他の方々にも。
将来のため、顔を広げておくことは大切です」
そうして最初に向かった先は、当然だが主催者のもとだった。
相手も忙しくしていたようだが、彼らに気づくとすぐに向きを変える。
周囲も使徒家の人間に遠慮して退いたので、会話はすぐに開始された。
「レイグ様、御機嫌よう。本日は良いお日柄ですね」
「レイグ様、こんにちは!今日はありがとうございます!!」
金髪の騎士と騎士見習いの二人が笑顔で挨拶する。
それにレイグはちらと微笑を見せ、冷静に返事をした。
「お二人とも、息災のようで何よりです。
シノレまで引き連れていらしたのですね」
「……お久しぶりです」
「……どうやらここ最近、ユミル殿はシノレと親しんでいるようですね。
私のもとにも報告が来ていますよ」
「はい!シノレには仲良くしてもらっています!
……あ、それに、先日は再従兄弟たちへの陣中見舞いをありがとうございました!
僕らだけでなく、分家にまでお心を砕いて下さること、皆感謝しております!!」
「カドラスには日頃何かと世話になっていますからね。
後方の安寧も彼らの献身あってこそ。
助け合うのは当然のことです」
存外穏やかな答えにシノレは少し驚いた。
聖都でのあれこれの印象からして、てっきり「我々の施しに感謝して精々命を張れ下賤どもが!!」みたいなことを言うかと思ったが。
「晩冬にお生まれになった弟君も、無事魔の月を越え、大過なく過ごしておられるご様子。
私からも、お慶び申し上げます」
「はい!弟は初めてですから、沢山したいことがあるんです!
一緒に馬に乗って、稽古をして……
それにそうだ、レイグ様!
シアレットでは毎年、狩猟祭があるのでしょう?
カドラス家からも例年参加者があるとか……
シオンから話を聞いて楽しみにしていたんです!
僕も参加して良いでしょうか?」
「ええ、そうですね。
ここ数年はカドラスの一族が優勝を得ることが続いています。
今年も夏が終われば狩猟の季節が始まりますし、是非参加して下さい。
良い催しにするため、我が家も協力は惜しみません。
カドラスの騎士たちの活躍を楽しみにしておりますよ」
「はい、僕もすっごく楽しみです!
レイグ様のご厚意をお返しするためにも、張り切って準備しておきます!」
「ええ、そう言って頂ければ何よりです。
我々には互いに果たすべき義務がある。
誇りある使徒の末裔として、それに恥じぬ奮闘を期待します」
高圧的だが確かな信頼を覗かせる言葉だった。
リゼルドを散々悪しざまに言っていた男と同じ人物とも思えなかった。
あの黒髪の少年は本当に、どれだけ嫌われているのだ……注意を向けられていないのを良いことに、シノレは若干遠い目をする。
まあとにかく、使徒家同士のやり取りは至って友好的に終わった。
そのことに周囲の空気もやや緩み、あちこちで賑やかな歓談に入っていく。
本格的に社交を楽しむ時間が幕を開けた。




