排他的な感性
教団は、極めて密偵が活動しづらい土地とされる。
するのであれば、なるべく教化の浅い土地で、それも長居してはいけないというのが鉄則だ。
土着の教徒に、密偵はいとも容易く見破られる。
それを支えるのが、教徒同士の異常な連帯感と排他的な感性だ。
特に代々教徒の家系となれば、その感覚は本能とも呼べる域に達する。
往々にして教団領の都市というのは、住民同士の結束が異常に固い。
街の一区画や小規模な都市などでは、住民全員生まれた時からの顔見知りということも少なくない。
そんな教団領の人々の余所者への警戒心は相当なもので、打ち解けるには必ず仲介者が必要なほどだ。
見ず知らずの人間などが歩いていたら無条件に奇異の目で見られるし、挙動によっては立ち所に通報されて警吏の調べを受けることになる。
内部に協力者を作っても、その協力者が僅かでも襤褸を出せば立ちどころに周囲が不審がる。
使徒家が直々に統治する領地となると堅牢さは更に上がり、出入りに関しても極めて厳密な基準が設けられることになる。
そんな場所へ間者を行かせ、諜報工作を仕掛けるのはかなりの困難を伴うのだ。
最大の障壁は、やはりその地に住まう教徒たちの意識にある。
羊は、羊の皮を被った獣を見過ごすことはないからだ。
どれほど気をつけていても、本能で違和感を持たれれば弾かれる。
そう、本能でだ。理屈ではない。言葉で言い表せるものならばまだ良いのだ。
教義、習慣、作法……それらは学習や訓練で身につけることが可能である。
かつて数年間同じ土地で活動する見通しで、完璧に学習を終えた者がいた。
言葉も習俗も、教徒に備わる全てを覚え込み、そして一年余りの間完璧に周囲に溶け込んでいた。
だが、それでも見破られた。ある時彼は町民の男たちに囲まれ、詰め寄られ、こう言われたという。
「何故かは分からない。どこがどうとも言えない。ただ、あんたは何かが変だ」
拘束された密偵は、ファラード家管轄の機関に引き渡される。
そうなれば、どのような処遇を受けるにせよ、その時点で任務達成は不可能となる。
それは彼らにとって、絶対に回避しなければいけないことだった。
困難な任務であった。それでもやらねばならない。
密偵として送り込まれた男は、暗がりに落ちた町並みを、滑るような足取りで進んでいく。
そして後々接触すべき相手の名を、ごく小さな声で呟いた。
「……ウィラントの将校、サレフか……」
その声は誰にも聞き届けられず、風に乗せられてどこかへ消えた。




