聖者の回想
魔力。我ながら、思い切った告白をしたものだと思う。
この数年で刷り込まれた禁忌を思えば、それがどれほど危ういことかは分かる。
けれどいつまでも沈黙しておけることでもなかった。
すんなりと言えたのは何も責任感だけでない。
最大の理由は、そもそもシノレが生粋の教徒ではなかったからだろう。
――教団に来たばかりの頃は、何もかもが怖くて仕方がなかった。
文化を知らない。言葉も通じない。帯びさせられた使命も無意味だった。
聖都に連れられてからも、全てに怯え、どうして良いか分からず途方に暮れていた。
怖くないのは先代教主だけだった。
圧倒的な支配力を有し、絶対的存在として君臨し、誰もが畏怖と崇拝を捧げていた彼だが、聖者にはそういう感慨は無かった。
一度も口にしたことはないが、寧ろ彼に対して、どこか自分と似通ったものを感じていた。
きっと、向こうも同じだったのだろうと思う。
一緒にいると、相手の思いや考えが、言葉を通じずとも何となく分かったのだ。だから彼の人だけは怖くなかった。
けれど先代教主は多忙だったため、一緒にいられる時間は少なかった。
様々な人間に取り囲まれ、世話をされるのも崇められるのも、ただ苦痛と恐怖でしかなかった。
時に泣き、時に叫び、時に逃げ出し。
今も大概だが、あの頃の自分は本当に、周りに迷惑ばかりかけていたと思う。
寄り添ってくれたのはいつも、冷たい手と、静かな目をした少年だった。
黒い夜の嵐のような恐怖も恐慌も、その手に触れると少しだけ和らいだ。
湖のような人だと、ずっと思っていた。
「…………」
悲痛とも自嘲とも取れないため息が漏れた。
やめよう。不毛だ。
それ以上思い出したくなくて、きつく記憶の蓋を閉める。
丁度そこで全ての力が身の内に戻ってきた。
周辺に異常がないと確認し、聖者は力を抜いた。
俯いたために顔にかかった髪を指で払い、今後のことを思案する。
……最近一つ、気にかかっていることがあった。
オルシーラ姫が常に胸に下げている、大粒の青い宝石の首飾りだ。
あれは多分、術具ではない。
だが、ただの宝飾品でもない。
オルシーラから聞き出した台詞を思い出す。
『これは……元は七星の首飾りと呼ばれており、エルセイン王家の秘宝だったそうです。
千三百年前、彼の国の姫がセネロスに亡命なさった時、携えていらしたと聞いております。
今ではこうして、大公家の宝物となっておりますが……今回は何かと特殊な事情ですから、お守りとして兄が持たせて下さいました。
私が、かの姫のように強くあれるようにと』
それを聞いて、聖者も得心した。
あの首飾りから感じる微弱な波動も、それ故ならば辻褄が合う。
あれもまた、旧時代の遺物なのだとすれば。
姫の出自と境遇を思えば、確かに所持していたとて不思議ではない。
ただ、どうしてか――あれを見ていると、妙な胸騒ぎがするのだ。
オルシーラ姫の挙動には不自然さはない。
だからこれは単なる勘だ。
何か、もっと。表向きの遊学――ひいては同盟の人質とは、全く違う事情と目的がある気がしてならない。
騎士団とのことも、ただの同盟や友好関係では終わらない気がするのだ。
あの青い輝きは、その予感を絶えず揺さぶってくる。
けれどそのざわつきの正体については、皆目検討がつかないままだった。
日が空の端に覗くまでの短くない間、聖者は明かりもつけず物思いに耽っていた。




