嫡子と庶子
色々考えながら紙をめくっていき、やがてある家系図で止まる。
そこまで来たところで、オルシーラの眉間に小さく皺が寄った。
そこにあるのは一人の男に、複数の女が連れ添っている構図だった。
嫡子は嫡子、庶子は庶子。そこには厳密な線引が存在する。
最たるものが、庶子には如何なる場合であれ家督の継承権が認められないということだ。
嫡子が生まれず庶子だけの家庭だったとしても、庶子本人は絶対に後を継げない。
その子や孫世代でどうにかといったところだ。
よしんば嫡子の出来が悪く庶子が優秀だったとしても、庶子は嫡子を補佐するのが大前提で、寧ろ「もっとしっかりしてお支えしなさい」などと言われることになる。
そういった線引きは当事者のみならず、第三者も留意すべきことだ。
例えば公の場で、嫡子に向かって庶子のことを、「あなたの兄君は……」などと言って言及するのは非礼に当たる。
基本的に兄弟扱いしていいのは父母を同じくする兄弟だけであり、ここを取り違えることは無作法とされるのだ。
だから家系の情報は慎重に整理して分別しておくべき。それは分かる。
理屈としては分かるのだが、気持ちが追いつくかは別だ。
「……妾ね……」
オルシーラ個人にとっては、その風習は受け入れがたいことだった。
騎士団は厳格な一夫一妻制だ。
だからそもそも、妾や庶子関連の事柄は彼女にとって馴染みの薄いことで、戸惑いを感じる。
露骨に言ってしまえば、何か汚いような感じすらするのだ。
無論、おくびにも出すわけにはいかないし……何も、その仕組み自体を悪と断じるつもりはない。
彼女もここに来てから初めて知ったことだが。
重婚とて、まさか無制限にできるものではないらしい。
財産や喜捨、評判などの各条件を満たし、かつ特別な税を払って初めて認められる。
要は、相手を一生庇護するに足る経済力を示すのだ。
だから教団でも、庶民層は一夫一妻が多い。
当然ながら、婚姻関係にない相手と関係を持つことは厳禁だ。
妻を複数持つこと、そこには一生に渡って続く責任が伴い、また子孫への影響も大きいことから、単なる助平心で決められるものでは決してない。
それどころか、夫本人の好みなど度外視して家のためを重視した選択がされることもざらである。
オルシーラも生理的に拒否感はあるが、かといってこうした制度を頭ごなしに否定するものではない。
少なくとも、力さえあれば幾らでも無責任に振る舞える楽団よりは、遥かに理性的だ。
とにかくこうした事情から、家庭によっては情報がかなりややこしいことになる。
子どもの生まれ順全てを頭に入れ、それぞれの母親の立場も抑えておかないといけない。
セネロスでもそうしたことを抑えるのは基本中の基本であったが、しかし。
「何だってこうも、似たような名前が多いのよ……っ!」
騎士団では長男は代々同じ名前、親子同名ということも少なくないのである意味単純だが。
教団はそこに微妙な捻りを加えてくるから厄介だ。
大まかには騎士団の文化が踏襲されてはいる。
しかし、騎士団とはやはり、微妙に違う。
紙面を睨みながら、諸々の複雑さに歯噛みするオルシーラであった。




