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聡明な姫君

「……教団は、違うわね」


 彼らの贅沢は不相応な奢侈ではないし、それで生じる歪みを下に押し付けていない。

制限された短い日々で見かけた町民たちは皆健康そうだった。

騎士団でも上辺だけそんな風に見せている場所はあったが……そこで見た彼らとは、目の輝きが違うのだ。


教団は騎士団より豊かなのだ。

短い間で、彼女はそれを身を持って思い知っていたし、少なからず複雑に思ってもいた。

はあ、と小さなため息が零れる。


 この数十日、彼女は様々な催しに顔を出した。

セネロスの言語である宮廷語は一言も語らず、常に公用語で相手に応じた。

招かれるまま、話しかけられるまま、ただ相手に合わせ、首を横に振ることは決してしなかった。


 何らかの催事、それも格式あるものに参加するのであれば、相手の階級は当然として、最低限各人の家系図、血統、利害関係は頭に入れておくべきだ。

それを踏まえて振る舞うことが、社交界に参画する上での最低条件なのだから。

これを満たしていない者は途端に周囲に白眼視され、爪弾きされることになる。

紹介者の顔を潰すことにもなるだろう。


 来て間もない異邦人たるオルシーラにとってそれは、何としても回避しなければならないことだった。

余所者だから細かい部分は寛恕されるなどと甘いことを考えてはいけない。

寧ろ余所者だからこそ、細心の注意を重ねて立ち回るべきなのだ。


 序盤の展開は後々に響く。

ここで失敗したら取り返しがつかないほどの不利を招く。

第一印象とはそれほど大切なものなのだ。


陰謀渦巻くセネロスの宮廷で生まれ育った彼女は、それを重々承知していた。

そのため本来の目的、至上命題とも言える聖者のことすら一旦頭の隅に追いやり、ただこの場所に馴染むことに集中した。


 その甲斐もあって、何とか足場ができてきた気がする。

まだ一月にしては上々だろう。

オルシーラはそう自分を労って、椅子の上から足を伸ばした。

その手に持つのは小さくまとめた紙束だ。


(えーと……明日会う相手は、この人で、家系図はこうで。先祖は……)


 情報を確認しつつ、時に口の中で呟き、考えをまとめていく。

ドレスの隙間に紙片と小さな筆記具を忍ばせて、何かあれば書き足した。


寝る前に読み返し、音読し、修正し、分析し――とにかく顔と名前と相関図を覚え、交友関係を広げることが、最初は何より肝要だった。

一度会った相手は忘れない聡明な姫君――この一月で与えられたそんな評価は、こんな風にひたすら地道な努力に裏付けられたものであった。


(そう、それから聖句よね……最低限は覚えておかないといけないけど、優先順位が中々分かりづらいのが困るわ)


 今のところ改宗する予定はないとは言え――それは今後の取引如何で左右されることだ――政略の駒として教団に来ておいて、教義について何も知りませんではお話にならない。

舐められるし、不自由になる。

教団の重要な場面で用いられる、レーテ語の学習は急務であった。


 これまでにも色々勉強してきたとはいえ、所詮は付け焼き刃の素人だ。

生まれながらの教徒たる彼らの見識に及ぶべくもない。

高慢になってはいけない、けれど卑屈になってもいけない。

あくまで慎み深く、教養溢れる姫としての自分を演出した。


 そんな努力が実を結んで、どうにか受け入れられつつある。

そんな手応えを感じていた。

希望的観測ではないだろう。

オルシーラはところは違えど宮廷育ちであり、そうした機微や風向きには敏感だ。


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