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腹心の乳姉妹

「……宜しかったのですか、あれで」


 完全に気配が遠ざかってから、ジュディスはそう問いかけた。

音もなく卓に歩み寄り、杯を片付けるその手つきに淀みはない。

しかしその声には、抑えようもない動揺が滲んでいた。


「ええ、良いのよ。……口止めは要らないわね。聞いていた者はないのでしょう?」


「私以外には誰一人として。そして私は、決して口外致しません」


「ならば、問題はないわね」


 エルヴェミアは腹心の乳姉妹に目を向ける。

そして、穏やかに微笑んだ。

それでも心配の色が拭えない、もの問いたげな視線の意味は分かっている。

彼女の血筋に関わることだろう。


 エルヴェミアの母方の血筋は、遡れば騎士団の貴族、ロスフィークの領主たるクラーデス家に辿り着く。

彼の地を本拠とするマディス教の大神官セリクドールとも、遠い遠い親戚と言えた。


彼らの作法に則れば、遥か昔の縁に従い協力するのが道理なのであろう。

断る理由はそれほどなかった。

けれど、彼女を首肯させるに至らなかったのは――


「…………もしや、サウスロイのことを案じておられるのですか?」


 先日ふとしたことで再会した青髪の男のことだった。

女主人とともに館に戻ってきた彼のことを、仕える身であるジュディスも当然把握していた。


「まさか。それとこれとは別よ」


 エルヴェミアは言下に否定しながらも、肩を揺らしてくすくすと笑う。


あの男との出会いは、もう十年以上も前のことだ。

当時恋仲だった男に誘い出されて、彼女はそこへ赴いた。

先代の総帥が、かつて愛した男の父が愛した遊戯。


楽団の上流階級の間で、今も根強く支持される見世物。

審議の塔と言った。


好みの趣向ではなかったが……しかしあれだけは得難い拾い物であったと、今も心から言える。

打てば響く、それでいて知らない世界を見せてくれる、実に面白い男だった。

けれど既に手放し、道を違えたものだ。

再会できて嬉しかったのは本当だが、その行末が彼女の判断に影響を与えるわけではない。

ただ――……


「でも、サウスロイと話をして、あれこれと思いはしたのよ。

そして、教団はそう脆弱ではないと思っただけ。

私はせっかちだから、生きている間に結果が見られない博打は望まないわ」


 そう言いながらエルヴェミアは扇を取り出し、緩やかに自らを扇ぐ。

するとジュディスがそれをやんわりと取り上げ、己の手で扇ぎ始めた。


「それでは、お身の回りの殿方たちにも中立を指示なさるおつもりですか?」


「それはないわ。私は彼らの振る舞いを縛ることはしたくないの。

謀略に介入したいのならすれば良い。

けれども……どうやら秘密裏に行っているようだから、満足に情報が入るかは怪しいところでしょうけれど」


 互いに物心ついた頃からの付き合いだ。

気心の知れた二人は、近しい距離で言葉を交わす。


いつしかお仕着せ姿の少女が数人入室し、静かに卓上を片付けている。

それはいつも通りの光景で、彼女を深く安堵させる。

それとともにふと眠気を覚え、微笑を浮かべたまま彼女は長椅子から立ち上がる。

そして周りに、寝支度に入りたいと言いつけたのだった。


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