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騎士団の伝統

 サフォリアとロスフィーク。

騎士団の東西に分布する二都市は、闘争の火蓋を遂に切った。


交戦に入ったといっても、直接互いの兵を衝突させているわけではない。

そうするには些か距離がありすぎる。

傘下の都市から兵を出させ、お互い近くも遠くもない程々の地点で争っているという状況だ。


地図で見れば、丁度互いの中間地点辺りだった。

まだ全ては始まったばかりだ。

押し、押され、戦況は膠着している――それは誰にとっても、張り詰めた緊張の時間だった。


 その日もマルセロの元に、少しでも決着を早めんとする使者が訪れていた。


「異教徒どもとの戦は、早急に決着をつけるべきです。

大砲をお使いなさい。

頷いて下されば、我らは今すぐにも必要な支援を行う用意があります」


「…………」


 聞こえだけは穏やかだが、明らかに威圧的な物言いだった。

マルセロはそれににこやかに対峙し、静かな口調で「そう言われましてもねえ」と応える。


「大砲を投入してしまえば、後戻りができなくなります。

それはまあ、あまりにも無惨なことと、後ろ指を差されることでしょう。

曲がりなりにも同じ騎士団同士で、どちらかが塵と化すまで殺し合うなどと……いえ、勿論、一度したお約束を反故にする気は更々無いのですよ?

ただ、現実的な問題もあり手が回らないのです。

折角頂いてもすぐに活かせないとあっては、申し訳ないことですし」


 相手の表情の変化を慎重に窺いつつ、言葉を選び流れを修正していく。

一度話を止めて、彼は困ったように嘆息してみせた。


「そもそも、うちには大砲関連で熟練した技術者や整備者があまりいないのです。

折角物資提供を頂きましても、十全に活かせるかどうか。

お気持ちだけ有り難く、頂戴したく存じます」


「……そういうことであれば、人員も含めて大砲とそれにまつわる物資を教団から提供するも吝かではありませんが」


「それは有り難いのですが、やはりねえ……

騎士団では大砲というものは然程使われませんから。

剣と弓矢と槍、それらで決着をつけるが伝統なのです。

勿論あちらが大砲を出してくれば別ですが、こちらから無闇に刺激するのは少々……。まだ始まったばかりですし、すぐさま決戦を強いては相手がどんな行動に出るか分かりません」


 マルセロの弁明に、使者は片頬を歪めた。

何が伝統か、そういうことは勝ってから言えとその顔に書いてある。

気付かない振りで彼は笑い続ける。


どう言われても、現段階で大砲の投入はできない。

ただ――それはいつかの時点で、絶対に必要になるだろう。

敵側を崩すための切り札として。


刻々と加熱されていく内外の情勢、その臨界点を見極めることが彼の使命だった。

考えながら、彼は新たに報告を求める。


「…………クライドはどうしています?

新たに報告や、変化はありそうですか?」


 目を外さず尋ねるのは、教団へ人質として行かせた従弟のことだ。

かの従弟は諸々の調整を経て、セラキスに預けられることになった。

地図で見てシアレットに程近い、南西部の都市である。

案の定書簡が来ていたようなので、持ってこさせる。

待つ間もマルセロは茶を含みつつ、飽きもせず愚痴を零していた。


「何とかシアレット付近まで、手の者を乗り込ませたのは良いですが……まだまだ気は抜けませんね。

ああしかし、全くもってこの世は無情です。

生き馬の目を抜くとはまさにこのこと――しかし、是非もなし。

親の言うことには従わなければならない時もあります……」


 常より力のない声でぼやきつつ、クライドからの文を確認する。

薄く開かれた金色の目が、一瞬強く輝いた。


「――裏切られるくらいなら、裏切る方に回りますよ。

それが僕の責任でもありますから」


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