医師団の若者
「ついてない!なんてついてないんだ!!あまりにも身共は不幸だ!!」
一方――オルノーグの総帥府の一室で、ゼファイは一人悲嘆に打ちひしがれていた。
彼は黒衣が床につくのも構わず、大柄な体を屈めて蹲り、拳を打ち付けて喚き散らす。
「並み居る競争者どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ幾星霜……
苦節の果てに念願叶って研究室を獲得して、これからは身共の時代とそう思ったのに!
――まさかここに来てこんなドサ回りさせられるだなんて!」
肩の下で結わえた灰色の髪が揺れる。
北の出身を示す色であるそれは、もうとっくにぼさぼさになっていた。
その髪を、彼は苛立った手つきで更に掻き毟る。
定規を当て、比率を計算して線を引いたかのような端正な顔を歪め、そう我が身を嘆く彼は、医師団に所属する若手であった。
ここ最近の情勢の複雑化を受けて、急遽派遣されることになったのだ。
医師団と楽団――正確には総帥一族と言うべきだが――両者は伝統的に仲が良い。
そのため百年前から継承戦が始まる際は、医師団から助っ人が出ることになっていた。
彼らは見届人であり、報告者であり、総帥の言葉を運ぶ使者である。
それは最初の戦い、初代総帥の時代からだ。
医師団の者がそうした役目を行う理由は色々とあるが、最大のものは部外者であるが故の客観性と中立性だ。
伝統的に他勢力とあまり交流を持たず、領土拡大の野心もないからこそ、そういう意味で警戒されることも少ない。
数え切れないほどの利害と欲得が目まぐるしく渦巻くこの楽団で、徹頭徹尾中立に徹せられる人間などそうはいないのだ。
医師団にしても、最新の情報が常に手に入るのだから悪い話ではない。重要な役回りだ。
だがそういうことは、トワドラにおいては軽んじられる。
世界的にも最高峰の頭脳が集う医師団中枢、その中で程度の低い人間がすることなのだ。
トワドラには、医師団の技術の恩恵を得ようと年中来客がある。
そんな人々の前に出て、勿体つけて技術を披露する。
部外者にその姿は、さも偉大な賢者じみて見えるだろう。
けれど実はそうした者たちは、トワドラの階級においては下っ端に過ぎない。
本物の賢者は己の研究室から出てこないからだ。
あの古今の叡智の結集した至高の施設で、昼も夜も研究に明け暮れ、真理に近づくことこそが医師たちの本懐。
まして他勢力の内情調査など――
「溝浚いと大差ない!!
こんなことをさせられては身共の才能が腐ってしまう!!
紛れもない世界の損失だぞこれは!!」




