継承戦
楽団総帥の座を巡る争い、それが継承戦である。
兄弟たちを出し抜き、殺し、継承戦を勝ち抜くためには力が必須である。
そして強い力を持つには強い位置に立つ必要がある。
本拠を据え、人を集め、地盤を固める必要がある。
そんな単純明快な事情から、総帥の子たちは開始とともに各地に散らばり、オルノーグを除いた各州を巡って争った。
それは、いわば前哨戦だ。
これを制した者だけがさらなる力を得、更に別所で生き残った兄弟と戦う――つまり、次の段階に進むことが可能になる。
継承戦では得てして、参加者の半分近くがこの前哨戦で振り落とされることが常であり、それは今回も例外ではなかった。
しかし、そんな中でワリアンドだけは、未だ前哨戦の完全決着がついていない状況だった。
この場合の勝利条件は単純だ。
州都を奪った者が勝者である。
全域の血流はそこに行き着き、州都を得た者が全てを掌握できるのだから。
一六男ベルガルムは一年前、一四男ヴィラ―ゼルから州都を奪った。
しかし、その勢力の掃討は終えていない。
追い落とされたヴィラ―ゼルは北へ逃れ、味方や支持者を回収しながら有力都市を拠点に抵抗を続けている。
そして今も互いの領土を奪い合っているのだ。
ワリアンドは楽団の中でも主要な地であり、オルノーグに次ぐ力を有する楽団の雄だ。
過去二度の継承戦でも、このワリアンドを制した者が継承戦を制した。
そうした曰くから、ここでの闘いは他のどこよりも激しく、凄惨を極めるものだった。
血塗られた都の血塗られた玉座で、男は優雅に微笑みかける。
「ヴェス君、それで用とは何だね?」
ベルガルムは、顔にかかった黒髪を無造作に払いつつそう問うた。
目を見張るような美しい容貌だった。
瞬きしながら微笑む仕草は優雅だが、そればかりでもない、妖美とも言うべき雰囲気がある。
ただ、その端麗な造作の中、切れ長の瞳だけが異様な輝きを浮かべていた。
まるで魔を宿したような、激しい緑色の瞳だ。
瞬きが極端に少ない上、目の焦点が合っているようで合っておらず、何かをかき集めるように常に細かく動いている。
そうしたことも、その印象に一役買っていた。
普通なら宝石のようだと讃えられるだろう瞳を、目つきだけで異様なものへと変えていた。
虹彩の奥で歯車が高速で回っているかのようで、顔立ちも相まって瞬きを要しない人形を思わせる。
不自然に深い螺旋を描いているような、見つめ過ぎれば深みまで引きずり込まれそうな目だった。
この目に射竦められた者は激しい畏怖か本能的恐怖、場合によっては陶酔を感じることが常だった。
だが相手は特に気にした様子もなく、丁重な挨拶を述べる。
それもまた予想通りだった。
これで気を呑まれるような相手であれば、彼が時間を割くこともなかっただろう。
「はい。わざわざお時間を割いて頂きありがとうございます、兄上」
総帥の二十二男ヴェスピウスは、それに笑い返した。
灰色の髪に黒瞳、白皙の肌。肌にも髪にも瞳にも、およそ生物らしき色味のない男だった。
頭から爪先まで全てが、白と黒とその中間でできているかのようだ。
真意の読めない微笑も相まってその姿は酷く無機質で、飾り気のない簡素な黒衣が一層それを助長している。
ベルガルムとは違う意味で、人形のような面差しだ。どこか乾きを感じさせる人間味の無さだった。




