陽属性の二人
そこは城近くに佇む大樹の上だった。
ニアは高い枝の先から器用に手足を使い、するすると降りてくる。
地上に降り立った弟に、エヴァンジルは早足に歩み寄った。
「……どうかしたの?兄さん……豹の兄さんに用事でもできた……?」
「そう!ギルベルトに用があるのよ!
正直あまり会いたくはないんだけどね……まあ仕方ないわ。
それよりニア、アンタは木の上で何していたのよ?また日向ぼっこ?」
「…………それは……」
言いかけて、ニアはぼんやりする。
その様子に訝しみそうになり、すぐにエヴァンジルは弟の気質を思い出す。
そう言えばそうだ、昔からこの弟は会話の拍子が独特なのだ。
気長に待ってやるのが一番いい。
けれど言葉が返ってくる前に、答えは分かった。
ニアの襟元がもぞもぞと動き、そこから猫が顔を出す。
「あら可愛い~成る程、察するにこの子を助けてあげたってわけ?」
「……うん、そう」
ニアはこくりと頷いた。
そんな弟の頭に、エヴァンジルは笑みを浮かべて手を伸ばそうとした。
「相変わらず小さいわね。
アンタ、前会った時と全然身長変わってないんじゃない?」
「……そうかな。成長期が遅れてるみたい。
それと触らないで」
「ああ、嫌だった?ごめんなさいね、悪かったわ」
「……ううん、良いよ。
……豹の兄さんもこれくらい大人だったらな……」
のんびりと兄弟で連れ立って、城内に入っていく。
ニアはふらふらと無軌道な視線と足取りで、気になるものを見ては寄り道をする。
エヴァンジルはそれに目くじらを立てるでもなく、のんびりと歩いていた。
「見て、この石」
「あら、変な形。……拾ってくの?」
「うん、お守りになりそう」
「それは良いけどちゃんと洗いなさいよ……あら、こっちは回り道じゃないの?」
「……それで良いんだ。近道は、大抵危ないから」
ニアは殆どエヴァンジルと目を合わせることなく歩いた。
常にその視線は周囲の何かに向けられており、エヴァンジルもそれを追いつつ歩いていく。
足取りは緩やかなものだったが、そこには確かな、穏やかな兄弟の空気が流れていた。
やがて到着した先で警備の者の調査を受け、身元を証明してやっと中に入ることが許された。
前もって知らせてあったので話はすぐに通り、程なく通された客室では城主であるギルベルトが待ち受けていた。
「おーおー二人して来たか!!良く来てくれたなあ、調子はどうだ!?」
「まあまあよ。アンタも全然変わってないわねえ……」
答えるエヴァンジルは、既に上着を脱いでいた。
すらりとした体躯には真紅のローブのような、ドレスのような、変わった形の長衣を身に着けている。
「まあ良いわ。書簡でも頼んだけど、暫く滞在させて頂戴。
ちょっと知りたいことがあるのよ」
率直な要請だった。ギルベルトは「まあそれは良いけどよ―」と返してから、ぱっと笑った。
「おめー変だな!!まだやってたのか女言葉!大の男にそれは似合わねえよ!!」
「黙らっしゃーい!アタシは確固たる信念でもってこれをしているのよ!
アンタみたいな無粋な脳筋野郎にとやかく言われる筋合いはないわ!!」
兄弟二人がぎゃーぎゃーと言い合う声で、途端に場は賑わう。
そこから少し距離を置いたニアは、窓辺で鳥たちのためにパン屑を撒いていた。
そんなニアの横で、総帥の息子の中でも一二を争う陽属性二人は騒ぎを続けるのだった。
それから少しして、騒ぎも沈静化に向かい始めた頃。
緩慢に動いていたニアの指先が動きを止めた。
もうパン屑はなくなりかけ、鳥たちも次々と窓辺から飛び立っていく。
ニアは、そのまま無言で窓から離れた。
「あら、どうしたのよ?」
こちらに注意を向けたエヴァンジルが聞いてくる。ニアは振り返らずに答えた。
「ちょっと出てくる。鼠がいるみたい」




