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激昂

小さいながらも瀟洒な部屋で、彼女は長椅子の上に座っていた。

眼前に男が一人いる。


……誰だったか。思い出すのに少しかかった。

緩やかに視線を彷徨わせる仕草すら優艶で、相手の男はその心境も知らず見とれていた。

「ごめんなさい。少し取り乱しました。

……それで、先程何か仰ったかしら」


「ああ、ヴェンリル家の茶会のことですよ。

ほら、リゼルド様の縁談相手が呼び寄せられたという……どうもその、雲行きが怪しいようでして」


「ごめんなさい、ぼうっとしていて……詳しく聞かせて下さいません?」


ローゼは首を傾げた。

同時に僅かに顎を引き、上目遣いを意識する。


彼女の顔貌は美しい。

男相手には、こうすれば大抵の要求を呑ませることができる。

そう気づいてからもう何年にもなる。

案の定相手は相好を崩した。


「リゼルド様の縁談のお相手については、もうご存知でしょうか?」


「ええ、知っていますわ……何か進展でもありまして?」


何と言っても、異母弟の縁談のことだ。

最低限の情報は入ってくる。

別に知りたくもないが。


それでも妙に引っかかるものを感じて話を引き出すと、先日開催されたという茶会の顛末を聞かされた。

それを聞いてローゼは、如何にもあの女主人のしそうな振る舞いだと思った。

かの貴婦人が突如齎されたこの縁談に荒れ狂い、激昂しているであろうことは、想像に難くない。



『何と言う――何と言う屈辱!!

セヴレイルの女など、面従腹背の女狐に決まっているというのに!!


あんな家の娘を、私の愛する息子の隣に立たせろというのですか?

セヴレイルの狐どもがどれほど牙を隠し、陰で嘲笑い、ワーレン家を貶めてきたか、私が知らぬとでも!?


それとも、その娘とやらは例外だとでも言いたいのですか!?

……いえ、いいえ、例外などありはしません!


一度でも毒された血筋には、未来永劫清らかな者は生まれ得ないのです!!


セヴレイルが、あの家が、嫁して以来私が必死に守ってきたヴェンリルを……

そればかりかワーレンまでも見下してきたことは周知の事実!


そのような親族に、環境に囲まれながらその娘一人だけは清廉潔白――そんな都合の良いお伽噺を信じるほど私は愚かでも純情でもありません!!


悪逆の血筋はどこまでいっても悪逆でしかない!

その小娘はリゼルドを不幸に貶め、生涯拭えぬ恥をかかせようと、そしてこの家にも害毒を齎さんとふてぶてしく乗り込んでくるに違いないのです!!


優しいあの子は、私の愛しい子は、忌々しい下女と庶子どもに良いように利用され、ついには伴侶の座まで女狐に巣食われる――


ああ、神はどれほど我が家に試練を与えようというのか!

あの優しい子に、そうまで苦しまなければいけないほどのどんな咎があるのですか!?


ここに至って、こともあろうに――下女どもにその血を継いだ庶子に、終いには嫁まで、一生に渡って毒婦どもに取り憑かれるなどと、あの子が一体何をしたというのです!!』



――ああ、この耳に直に聞こえてくるようだ。

望まぬ息子の縁談に怒り狂うリシカの罵声は、想像するに容易い。


幼い頃から彼女が投げつけられてきた言葉を適当に変換し、名詞を置き換えればいいだけだからだ。


直接的な暴力こそなかったが、事あるごとに罵られ、悪意と憎悪の視線に打ち据えられてきた。

それらはもうこの体に染み付いている。


加えてリシカがセヴレイルを「信に足らぬ腹黒狐ども」と罵っている声も、彼女は何度も聞いたことがある。

そんな家から嫁入りするなど、さぞかしその令嬢は苦労することだろう。

気の毒に、とうっすら思う。

薄く淡い、雲のような憐憫はすぐに消えて失くなった。


「……それにしても、随分と情報がお早いのね。

もしかして、これについて気にしていらしたのかしら」


「それはまあ、使徒家の方々の縁談など大事ですからね。

ローゼ嬢の御実家でもあることですし……

それに、これについては私の身内にも穏やかならぬ心境の者がいるようで、そこが心配でどうにも……」


気にかかるものがあり、反射的に「それはどういうことですの?」と聞いていた。

そして帰ってきた情報は、驚くべきものだった。

何でも彼の親戚の一人に、件の令嬢に思いを寄せるものがいたそうだ。

彼は令嬢を憧れと慕情を持って見つめ、令嬢も彼を悪くは思っていなかったのだそうだ。


「まあ、元々使徒家の方と釣り合いが取れる家柄ではなかったんですが……あいつも今は身分違いでも、そのうち手柄を立てていつかはと思っていただろうにと……よくあることとは言え、気の毒に思います。

令嬢の方は毅然としたもので、すぐに割り切って彼を袖にしたというのですが、それが尚更堪えているようで。

何か早まったことをしないか心配で……」


「…………他にそれを、ご存じの方はいらっしゃるのかしら」


ローゼは男の肩に手をかけ、伸び上がるように視線を合わせた。

すぐそばまで顔を近づけ、囁くような声で頼み込んだ。


「どうか、この話はここだけにして下さいな。どうか、誰にも仰らないで」




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