墓所
人の通らない外れに、粗末な石で作られた侘しい墓所。
そこに漆黒の薔薇が揺れている。
くすんだ白の墓石。そこに寄り添う黒と、棘の鋭さ。
その色彩は美しくもあるが、どこか禍々しいものがあった。
それは年に一度、母の墓に行くと決まって供えられていたものだった。
彼女は決してそれを望んでいたわけではない。
寧ろその存在を思い出すことさえ苦痛だった。
親不孝は百も承知だ。
しかし、どれだけ嫌だったとしても、他に墓を手入れする人がいなかった。
罪人として葬られた母の墓は、近寄ることさえ忌避されるものだったから。
彼女にとってそれは、どうして自分がこんな境遇に置かれているのか思い出させ、奴隷同然の我が身を再確認させる、忌まわしい儀式のようなものだった。
息の詰まるような重苦しいそれをどうにか終え、そして。
暗転したかと思うと、次の瞬間景色は変わっていた。
もう長く帰っていない、けれど鮮明に思い出せる。
そこは彼女に与えられていた屋敷の部屋の中だった。
密閉空間に封じられた、強烈な薔薇の香り。
芳香などとはとても呼べない、瘴気を凝らせたような重く淀んだ香り。
暗い色の花弁は同じく暗い物陰に沈み、輪郭さえしかとは見て取れない。
ただ窓際に浮かび上がった棘の鋭い影が、迂闊に踏み入ることは危険だと知らせていた。
気力を消耗した彼女の目には、それはどこか現実味がない、美しい悪夢のようにも思えた。
――彼女が機械的に、最低限墓の手入れを終え、館の自室に戻ると、決まって漆黒の薔薇、母の墓にあったものと同じ花が大量に飾られていた。
それが良い意味でないことなど、火を見るより明らかだった。
かつての彼女は、その光景がどうしようもなく忌まわしく、恐ろしいものに感じていた。
思えば、無理にでも家を出ようとしたのは、リシカの怒りや罵倒よりも、あの幻影から離れたかったからなのかもしれない。
「――……、――」
ふと聞こえた声にローゼは、半ば微睡んだような意識が引き戻されるのを感じた。
そして真っ先に目に入ってきたものに、表情が理性の制御を離れ、勝手に引き攣ったのが分かった。
「…………っ」
持っていた盃を取り落とした。
派手な音が響き、中身が床に散らばる。
慌てたような男の声を遠くから聞きながら、彼女の目はいつの間にか出現したそれに釘付けになっていた。
視線の先にあるのは小卓、その上の花瓶に挿された薔薇の花だ。
薄暗い空間で一瞬黒く沈んで見えたが、良く見るとその花弁の色は赤だった。
「ローゼ嬢、どうなさいましたか?何か驚くことでも……」
「あの、……あの花は、……いつからあそこに、」
「半刻ほど前に取り替えたものですが。お気に召しませんでしたか?」
「…………」
心臓の音が、壊れた大鐘のように体中に響いた。
反比例するように全身は冷えていく。
声は滞り、指は震えた。




