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動揺

言われて教主は考える。リシカは極めて気位が高い人物だが、だからこそ自身より格の高い相手は尊重する。

特に、生家であるワーレン家の長老や重鎮の言葉は傾聴することが多かった。

本家嫡流の血を継ぐウルレアや、その夫でありリシカにとっても叔父にあたるフラベル――彼らもその範疇に入る。

そうした者たちや、それこそ自分が言い聞かせれば、頷かせること自体は可能だろうが……

それはそれで、水面下の意趣遺恨が深まりそうだ。

抑圧すればするほど、たわめられた力は淀むものだなのだから。


「…………暫くは様子見で良いでしょう。

とにかく今回はありがとうございました、叔母上。今後も何かあればお願いします」


「……ええ、分かったわ。…………あまり無理はしないでね」


気遣わしげなウルレアに笑い返しながらも、既に頭では既に別のことを考えていた。

あまり使徒家のことばかりにかかずらってもいられない。

騎士団の思惑も、楽団の情勢も、一手遅れを取れば何もかも手遅れになる公算が高いのだ――思考の大部分はそちらに移し替えていた。

大方の要件は終わったのだし、後はいつもどおり、当たり障りなく済むと思っていた。

だから油断していた。


「……レイノス君。それに、それでね……セラちゃんのこと、なのだけれど。貴方たちは……」


それに、教主の微笑が寸時固まった。

叔母だけが呼ぶ彼の呼び名、そして続いた言葉に虚を突かれる。

その連なりに、かつてのことが脳裏に浮かびそうになったが、すぐに彼は自制を取り戻した。

何か続けようとする叔母にそれを許さず、声を発する。


「叔母上」


殆ど向けたことのない顔と声で。

先程までとは明らかに色が違うそれらが含むのは、無言の威圧だった。


教主は、自分が叔母や叔母が生んだいとこたちに甘いという自覚があった。

それが自分の生い立ちに起因するものであるということも、存分に理解していた。


彼には両親がいない。

生まれてすぐに母を亡くし、幼くして父を喪い、次期教主として人に傅かれて生きてきた。

そんな彼には両親との記憶など、薄れるどころか端から殆ど存在しない。

育て親であった先代教主以外の尽くは――それこそ乳母や傅役であろうとも――幼い彼の前で臣下たる姿勢を崩さなかった。


そんな中、ウルレアだけは違った。

この叔母はただ身内として、甥である彼に愛情を注いだ。

彼女だけが、幼い彼に屈託なく 笑いかけ、抱き寄せ、頭を撫でた。

他愛のないことで喜んではその思い出を共有した。

君臨するために育てられた身に、掛け値のない――本来なら望むべくもなかった、母の愛に類する情を与えてくれた。

恐らく父との兄妹仲は良くなかったのだろうに、そうした蟠りを彼に感じさせることは一度としてなかった。


教団の頂、使徒家筆頭たるワーレン家の当主として、彼が率いる親族たちは数多く存在する。

けれど、彼自身が私人としても大切に思う存在はそれほどいない。

ウルレアとその家族は、紛れもなくその範疇であった。

その顔を曇らせたいなどと、思ったこともない。

彼は彼女に、揺るぎない敬慕と感謝を抱いている。

願いは叶えたいし、助言は聞き入れたい。

ごく自然にそう思う。


それは彼が教主となり、立場的には上になってからも変わらない。

そうした心理故に、教主にとってウルレアは、数少ない逆らいがたい存在であった。


しかし、それでも。誰であろうと、たとえ敬愛の対象である叔母だろうと、立ち入られたくない領域は存在するのだ。


「聖者様のことについては、何事も私が決定を行います。

生前の先代にもそうせよと申し付けられています。

……どうやらご心配をおかけしているようですが、変わらず見守って頂ければ幸いです」


それ以上の言葉を重ねる気はなかった。

ウルレアはそれに、案ずるように目を揺らす。

気遣わしげなその視線を、教主は至って静かな微笑で封じ込めたのだった。


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