教主の思惑
「――そうですか……」
ウルレアからの報告を聞いて、教主はため息をつきたくなった。
穏便には終わらないだろうとは思っていたが……まさか、初の顔合わせでそこまでするとは。
分かっていたことだが、やはりあの伯母にとってこの縁談は不本意極まりないものらしい。
生贄として祀り上げられた娘に多少の憐憫を感じそうになったが、すぐに彼はそれを切り捨てた。
こうなると予期した上で縁談が成立するよう仕向けたのは、他でもない教主なのだ。
その犠牲を憐れむなどあまりに傲慢で、烏滸がましい。
教団の平和、そして使徒家の安寧と調和のためならば、娘一人の人生は然るべき犠牲。
結局のところ、それが彼の本音であるのだから。
「ともかく……ご足労頂きありがとうございました、叔母上。
詳細な報告、助かりました」
「いいえ、良いのよ。何でも頼って頂戴。
でも……見ていて少し不安になってしまったわ。
このままあの子たちの縁談が進むのが、良いことなのかどうか……」
頬に手を当て、ウルレアは困り顔をする。
今回ワーレン家の代表として中立の見届人に徹した彼女は、どちらかを支援するような振る舞いは控えていた。
それでも内心では、色々思うところがあったのだ。
「……実際のところ、レイノス君はどう考えているの?
この先もしも、どうしようもない破局を迎えて、婚約が解消されることになれば……
リシカちゃんのことを考えれば、やっぱりセヴレイル家のお嫁さんは危ないんじゃないかしら」
ウルレアは微笑みながらも、リゼルドとユリアの縁談について、やんわりと反対を表明する。
彼女にとってもリシカは親戚であり、昔馴染みに当たる。
彼女がセヴレイル家を嫌っているのは、長年の付き合いで承知していた。
それを考えても、やはりこの縁談話には無理があるように思う。
そして実際、縁談を解消するのは不可能なことではない。
婚約者、婚約関係というものは、決して不変のものではない。
相手の病や急逝によって、結婚相手が入れ替わることもある。
そんな中でも最低限の期間を確保して、相手との相性を確かめ、人生をともにする気構えを育むのが、婚約から結婚までの交際期間の意義だ。
病気などの要因が絡まない、純粋な相性の問題故の婚約破棄も、珍しいことではあるが皆無ではない。
そうなれば、その時点で伴侶や婚約者がいない者の情報を様々に突き合わせ、改めて考えることになる。
しかし時間が経過するほど良縁は少なくなる傾向があるので、そこは慎重に決断する必要があった。
「そうですね。叔母上の危惧は尤もです。しかしながら……」
教主はそれを受けて、少し考えた。
彼としても、レイグに一度身内を差し出す旨を言わせた時点で、目的の半分は達成している。
この縁談が出る前、親しくしていた相手もいたが、令嬢の家族に引き裂かれたらしいという報告も届いている。
諸々鑑みて、あまりにも悲惨な結果になりそうなら、ここから軌道修正するのもありと言えばそうだが……
「……使徒家同士の婚約破棄となると、やはりそれなりに大事になります。
先日までの件も、未だ皆の心に尾を引いているでしょうし……
単に縁談回りだけでは収まらない影響も出ることでしょうから、まだ結論を出すには早計でしょう。
どの道誰かは、リゼルドと添わなければならないのですから」
「……じゃあ、私の方からリシカちゃんにお願いしておく?
そうすれば、少しは彼女の態度も緩和するかもしれないし……」
「……さて、どうでしょうね。あまりこちらが干渉しても、良い影響は出ないかと」




