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凍てつく初夏の庭

数ヶ月前に突如持ち上がった、ヴェンリルの当主リゼルドと、セヴレイルの令嬢ユリアの縁談。

この茶会はその第一段階であり、両家の顔合わせの場でもある。

その関係者であるヴェンリル家とセヴレイル家がこの場の主役だ。

といっても、当事者の一人であるリゼルドがいない以上どこか不完全で、やや間の抜けたものですらあったが。


「……お招き頂きまして、まことに光栄に存じます。リシカ様」


挨拶を返す令嬢はまだ少女と言って良い年齢だ。

顔に微笑みこそ浮かべているが、その顔色は今にも倒れそうなほど白い。

その色は、初夏の今では鳴りを潜めた、凍てつく雪を思わせた。

それは美しく整えた化粧でも隠せないほどのものだった。

彼女に代わって言葉を引き取ったのは、隣に座った年配の男だ。


「本日はかくも麗しき晴天に恵まれ、ご尊顔拝することが叶いました。

今日の席が設けられたこと、我らとしても幸甚の極みです。

どうぞ宜しくお願い申し上げます」


答えたのは数年前に隠居したセヴレイル家の先代当主――レイグの父であり、ユリアの伯父にあたる男である。

隣に座るユリアとは、伯父と姪の間柄である。


片や降嫁したとはいえワーレンの姫であり、現使徒家当主の母親。

片や使徒家の先代当主であり、現当主の父親。

何を基準にするかは難しい問題だが、総合的に見て格の差はそれほどのものではない。

本来長老がこうまでへりくだる必要はないが、使徒家の中でも頂点と言って良い出自のリシカを立てた形である。


それにリシカは、まるでドブ鼠でも見るかのような冷え切った目を向けた。

彼女の頭にはかつての経緯や因縁、取り分け夫に関するあれこれがしっかりと残っていた。

彼女の夫、つまりリゼルドの父とこの長老が散々いがみ合っていたのは周知の事実だ。

しかし現時点の長老はそんなことは一切感じさせず、好々爺然と笑みをこぼす。


「我が姪が、ご令息と縁談を結ばせて頂けるとは。

我らとしても望外の栄誉でございます」


「……いえいえ、こちらこそ。

これほどお可愛らしい方とは思いもしませんでした。

ですが大人しすぎるのは考えものですわね。

挨拶以外では、お話になれないのかしら?」


「これはご無礼を。リシカ様のあまりのお美しさと高貴さにすっかり言葉を失っているようで……」


「あら、それは不安なこと。

無論経験不足はやむを得ないこと。

時間を経ねば追いつかないものはございますが……

無限の猶予を与えられるほど、私は気長ではありませんわ」


初夏の庭が、また一段冷え込んだ。

その場にあるものすべて――客人や使用人たちの一挙手一投足、蝶や鳥の動きすらもリシカに支配されているかのようだ。

長老は笑みを崩さず、あくまで慇懃に取り繕いにかかる。

彼らからすれば教主の手前、この縁談を壊すわけにはいかない。

相手が敵意むき出しだからといって敵意を返すわけにも、ましてやり込めてしまうわけにもいかなかった。


「まさに仰る通り。この通りまだまだ未熟な娘ですが、その分伸びしろは大いに期待できましょう。

リシカ様のように賢明な方からのご指導を頂ければ幸いに存じます」


「どうですかしら。空疎な虚言を弄し、利を得ようとばかりする者はいつの時代も絶えませんわ。

そういう輩に限って、こちらがどれほど言い聞かせても学ばないものです。

得てしてそんな手合の頭にあるのは、如何にして怠惰と利権を貪るかだけなのですから」


あからさまな侮蔑であり、当てこすりであった。

しかし長老は隙のない微笑を崩さない。


「如何にも、仰る通りでございます。

そのような不届き者の跋扈を防ぐべく、我ら使徒家は常に結束して秩序を維持せねばなりません」


「…………………………」


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