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茶会

迫りくる動乱の足音に地方が揺らぐ一方で、聖都の時間は平時と変わらぬ調子で進む。

その日も使徒家の一つ、ヴェンリル家の邸宅で、華やかな茶会が開かれることになっていた。


「もう嫌だ本気で嫌だ帰りたい……………」


「当主様、何卒お気を確かに……ほら、正門も見えて参りましたから」

「ぅうえええええええ…………」


使徒家の一角、ファラード家当主ソリスは緊張と悲嘆のあまり、馬車の中で軽くえづいた。


久しぶりに執務から解放されての外出だったが、心は全く浮き立たない。

これならば書類や面会に追われていた方が何万倍もマシである。

できることなら親族の誰かにでも代わってもらいたかった。

しかし、相手が相手だ。

名指しで呼ばれた以上出向かないという選択肢はなかった。


そうするうちにも馬車は進み、絢爛な門を潜って敷地に入る。

何とか心を落ち着け、居住まいを正した。

ここは既に自陣ではないのだから、臨戦態勢を整えておかねば――そして広がったのは、ヴェンリル家本邸の壮麗な景観であった。

ソリスは招待状に目を向け、今日の茶会について思いを馳せる。


茶会というものは教団の、それも女性にとっては重大な意味を持つ。

ある程度の身分になれば、生きていく上で決して避けて通れないものであり、時として人生を左右する分岐点になることもあるためだ。

情報の交換と共有、家同士の序列または結束の確認。

恩恵を与え、そして与えられる場がここだ。

社交界では、茶会と夜会から弾かれては生きていけないといっても過言ではなかった。


そしてこの茶会、特に屋外で催されるものは、結婚に繋がる儀礼にも深く関わっている。

当人同士の見合いや親族も含めた顔合わせ、更には新しく妾に入る女性が、既にいる妻たちの品定めを受ける場にもなる。

その日ヴェンリル家の庭は開放され、着飾った者たちで賑わっていた。


ソリスも馬車を降り、周囲を窺った。

招待客は老若男女様々だが、富裕層であることはその身なりから知れる。

年長者に手を引かれ、物珍しげに辺りを見回している子どももいる。

彼らはゆっくりと庭を散策し、或いは花の前で足を止め、談笑に興じつつ茶会の様子を窺っている。


広大な庭は熟練の園丁の手が入り、細部まで丹念に磨き上げられていた。

あらゆるものが完璧に調和する風景にはまさに一筋の乱れもない。

隅々まで完璧に整えられ、巨匠の手になる名画の如き麗しさである。

仮にこれが本物の絵画であったなら、ここにいる誰もが足を止め感嘆の吐息をついただろう。


しかしそこにあるのは現実であり、広がる空気はどこまでも緊張に満ちたものであった。

それを見ていたソリスもやがて覚悟を決め、主催者への挨拶へ向かう。


「リシカ様、ご機嫌麗しゅうございます。

本日はお招き頂きありがとうございます」


「まあ、ソリス様。

こちらこそおいで頂けて光栄です。

日頃息子と仲良くして下さり、有り難く思っておりますわ。

……どうぞ、おかけ下さいませ」


あまりの言い草にびくっと肩が跳ねそうになる。


「やめて下さい仲良くないです!!!」と大絶叫したかったが、そうする勇気は彼にはなかった。

引き攣った顔で礼を言い、通された席に腰を落ち着ける。


白いテーブルは茶器と花々によって華やかに彩られていた。

その最奥に、リシカ=ヴェンリルは端然と座っていた。

流石に喪服ではないが、夜の森を思わせる暗い色味のドレス姿である。

襟周りのみに控えめに施された金糸の刺繍や青い小粒の宝石が、陽気に似合わない冷たい光を弾いていた。


そして、常日頃は服喪のヴェールに覆われている顔も、陽光の元露わにされていた。

複雑に編み上げ結われた髪は、一つの精緻な銀細工のようだ。

現教主の母である妹とともに、かつて雪華の姫と謳われた美貌もまた、冷たさとともに成熟した威厳を宿している。

その顔立ちは言うに及ばず、血の匂いを感じさせる覇気や、背筋の凍るような存在感まで、リゼルドとの血の繋がりを感じさせた。

親子なのだから自然なことだが、常人ならばその眼差しだけで平伏させられることだろう。

その目は一瞬ソリスに向いたが、すぐに対面に掛けた令嬢のもとに戻された。


「…………ユリア様も、お会いできてまことに嬉しく思いますわ。

息子との縁談が上がって以降、是非ともお話したいとそう思っておりましたの」


流れる声は美しく、朝霧のような静謐な涼やかさだ。

しかしそこには確かに、じわりじわりと相手の心を締め上げるような重さと冷ややかさがある。

うららかな陽光に包まれた初夏の庭で、その一帯だけが冷気に閉ざされているようだった。


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