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揺らぐ足場

そしてその数刻後、夜が深まってから新たな尋ね人があった。

訪れたのは、ファラード家の遣いである。

オードリックからすれば、尊ぶべき主家の使者であり、最大の礼を以てそれを迎え入れた。

丁重な挨拶ともてなしを終え、一区切りついたところで使者は水を向けた。


「……大変な状況の中でこのような歓待、痛み入ります。

私はこちらへ来たばかりなのですが、状況は変わりありませんか」


そこでやっと、オードリックも答えを返す。

先程までの悠然とした態度はどこへやら、その口調は緊張に強張っていた。


「はい、格段の変化はございません。

ですが……せめて、三ヶ月以内に街道が復活するよう。

そちらからも当主様、ひいてはシュデース家にお願いして頂けませんか?

日に日に民の不安が募っていること、私も肌身に感じております。

こうなっては、何が火種となることか……

民衆が一斉に恐慌状態に陥れば、楽団に攻め込まれなかったとしてもこの街は終わりです」


「我らの機関にもそれらの報告は上がっています。

ですが実際、状況は聞いていたより悪いようですね。

鼠捕りも、こうなってしまえば中々追いつきませんし」


今も地境付近の都市では、各方面から密偵が出入りし、入り乱れている。そんな現状であった。

平時ならそれほど気を揉む必要はないが、こんな状況下では全く話が変わってくる。

民衆が不安に浮足立っている中、妙な煽動でもかけられれば。

恐怖が頂点に達した時、一斉に破滅に向かって走り出すだろう。


ファラード家の使いは、淡々とした口調で整理を続ける。

それはオードリックにというより、自分自身に聞かせているような声だった。


「楽団の密偵もまた、このベウガンで暗躍している。

それは間違いのないところです。

ワリアンドも……隙を見せて後背を撃たれたくはないということで、未だに侵攻の気配はありませんが。

何の切っ掛けで暴発するか分かりません」


「……ええ。この街の命運は、いつ縮むか尽きるかも見えないのです。

どうか民衆の恐怖に、ご理解とお慈悲を」


それにファラード家の使者は、穏やかな、感情の見えない笑みで応じる。

その居住まいにも表情にも、言葉を用いずとも強く他を圧するような何かがあった。

実際に戦場で切った張ったをするカドラスやヴェンリルと比べると霞むことが多いが、ファラードは決して荒事に無縁な家というわけではない。

教団領内の風紀と治安の維持を担い、銃後を支えているのは彼らなのだ。


渦中のベウガンにも、今回の危機を受けて大量の人員が吐き出されていた。

内外を問わず各地に出向して動向を探り、情報を集めることが彼らの職務である。


それにまつわる危険や物騒さは武門二つとそう差はない。

ただ彼らよりも、ファラードは隠密性や秘匿性に特化しているというだけだ。


「ええ、言われるまでもなく。

楽団南部やレドリアで活動する者たちの拠点としても、この一帯は重要です。

使徒家の方々が貴殿らをお見捨てになることはありません。

……当主様も貴殿の忠誠と献身のほどは重々しく受け止めておられます。

今後も領主としてウィラントを維持して下さることを期待致します」


「無論。楽団の者どもの魔の手を払うためならば、我が命、惜しむものではございません。

ですが敵に討たれるならばまだしも、領民の手によって晒されることは耐え難い。

……くれぐれも当主様に宜しくお伝え下さい」


情勢はあまりにも不安定だ。

使徒家の紐付きの領主は、状況次第で吊し上げられる可能性もある。

オードリックは己の足場が日に日に揺らいでいくのを感じていた。

あまりにも危うい状況で、都市の秩序を維持し続けることが彼の使命であり、戦いであった。



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