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ウィラントの会合

その頃、シアレットから更にずっと西で、一つの会合が開かれていた。


ベウガン地方の都市、ウィラントは謀略の最前線と化していた。

このベウガン地方各都市の領主を受け継ぐのは、大体がカドラスかファラードの分家筋だ。

元々この一帯はヴェンリルの先代当主が下したもので、教団領に組み込まれてから未だ五十年も経っていない。

住民の教団への帰依も強くない以上、使徒家が厳格に管理するのも当然と言えた。

特にこのウィラントは、楽団との地境とも、中立地帯レドリアとも近いがために、その統治にはファラード家の影響と関与が強く及んでいた。


徐々に日は長くなっているが、集合時間そのものが大分遅かった。

各人の予定の兼ね合いや調整を経て、こういう時間になってしまったのだ。

もう日暮れが近く、領主館の一室は赤い光で満たされていた。

中央の円卓に落ちる影は濃い。


ずらりと座しているのは、教団に組み入れられる前からの街の有力者たちだ。

彼らは代々この地方に根づく民であり、商業や農業など、各分野において大きな影響力を持っている。

そしてその反対側に、領主オードリックとその取り巻きが同じように座っている。

規定通りの挨拶と開始宣言を述べた後は、淡々と報告が進められていく。


「まず、最大の懸案事項から……土砂に塞がれた街道のことは、諸兄らが最も気にかけているであろう。

端的に言うと、撤去作業と再整備は確実に進められている。

四ヶ月後には完了する見通しだ」


教団領中枢からベウガンへ続く街道は未だ、土砂や落石で塞がれている。

人の行き来ができないわけではないが、大軍が通行できないという状況だ。

この状況でもし楽団が攻めてきたなら、都市固有の戦力だけで不確かな期間を耐え凌ぐことになる。

ベウガンが一丸となり相互に支援し合えれば良いのだろうが……現時点ではとても、そこまでのまとまりはない。

多くが立場を決めかねて、右往左往している状況だ。


「侵攻の際の楽団の残虐さは、今更ここでくだくだ語るまでもありますまい。

その脅威を払う武力が、軍事力がなくては民が平穏を得ることは叶いません。

我らとしてもいかんともしがたい!

それは聖都の方々もお分かりでしょう!?」


「我らは何も、独りよがりの意見を述べているわけではありません。

実際にこうした不安が市井にも広まっているのです」


集った者たちは口々にそう述べる。

声は徐々に高まり、場の空気は白熱していく。

遂には万一に備え、楽団に特使の派遣や献呈をしておくべきだという意見すら提唱された。


そこに口を挟んだのは、領主の側近や官僚たちだった。多くが教団の名家に連なり中央への忠誠も厚い。

こちらはこの地方に根付いて然程経たず、しかし確たる教徒の家柄と血筋を持つ彼らが、街の行政と防衛を担っている。

教団領となって日が浅い都市は、大抵はこの体制だった。


「さようなこと、断じて認めはせん!

楽団に媚びを売るような真似をしてみろ、中央がどう見ると思う?」


「だがそうしなければ遠からず軍靴に踏み荒らされるのが現実だ!!」


「……貴様らは何も分かっておらん!!

猊下に背いたとて同じようなものだ!」


「その通り!猊下をお信じするのだ、そうすれば――」


「では何もせず破滅が迫るのを座視していろと!?信じる!?怠慢の間違いだろう!」


元々ウィラント、いやベウガンの都市の多くは、数十年前まで楽団に属し、その長に従いながらも教団にも恭順を示す、所謂両属の状態にあった。

正式に教団の一部になっても、その処世術は未だ深く根付いている。


だが、教徒からすればそのようなことは考えるだけでも背信だ。

そのような真似をして「裏切りの街」「それを許した者」という烙印が一度押されたなら、どこへ行こうとも白眼視される。

場合によっては「浄化」と題して鎮圧軍を差し向けられることすらあり得る。


そうなれば各地方に散らばっている彼らの血族まで、迫害の憂き目にあいかねない。

血統を重視し、家の汚名と烙印を何より恐れる彼らにとって、それは死んでも避けなければいけない事態だった。

彼らの見解と言い分は噛み合わず、どこまでも平行線を辿るかと思われた。

怒鳴りあいに発展しようとしたその時、オードリックが手を上げて周囲を制した。

少し時間はかかったものの、それで場は一旦落ち着きを取り戻す。


「……諸兄らの意見、確かに聞き届けた。

皆の不安は私も常々感じているところだ。

対処すべきとも思っている。

しかし……楽団に頭を垂れることだけはしてはならん。

猊下は我らをお見捨てにはならない。

神の遣いたる聖者様もいらっしゃるのだ。

私からも重ねて中央に陳情申し上げる故、ここはどうか耐えて欲しい」


短すぎず、けれど長すぎない絶妙の間で、一人ずつの顔を見つめる。

視線が一巡したのと同時に言葉が終わり、オードリックは一つ咳払いをした。指令を下す合図だった。


「ウィラントを失陥させてはならぬという点で、皆の思いは一つだ。

各々がすべきことをするしかない。

各人引き続き、民草の慰撫に努めよ。

異常があればどれほど些細なことでも良い、報告を怠らぬように」



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