先代教主
それから何度かやり直したが、修練は中々上手く行かず難航した。
開くことはできる。けれど、中の花を傷つけないでという条件が難物だった。
「……もう止めましょう。あまり根を詰めても良くありません」
休憩に入ったところで、聖者が「シノレ。今日は、何かありましたか」と聞いてきた。
シノレは怠い頭を抑えながら、思い出したことを順繰りに話していく。
「……そう。そんなことを、してきたのですか……」
その日も聖者と会って、一連のことを報告した。
一日の始めと終わりに少しでも顔を合わせる習慣は、ここに来てからも続いている。
話をしたその中で特に聖者の注意を引いたのが、先代教主の名前だったらしい。
聖者は何かを懐かしむような、考え込むような目をして視線を伏せた。
そしてぽつぽつと、シノレにはあらゆる意味で遠く思えるその存在について、聖者は言及した。
「先代のクローヴィス様は、何と言うか……あまりにも別格でした。
人間ではない、良く似た姿をした別種の生き物だと言われても得心できるほどに。
私などよりあの方の方が遥かに、衆生を救うべく天が遣わした方だったと思います。
ただ…………それ故に、犠牲になったものもありました。
本物の君主とは、神の写し身の如き崇高な統治者とは。
遠くの大勢を幸せにできて、身近の少数を幸せにできない者のことだと、私は思うのです」
そこまで訥々と語ってから、更に自分との関わりについて話し出した。
いつもは静かにしていることが多いのに、今日は結構饒舌だ。
語りたい気分なのかもしれない。
「……………あの方とは、リアドでお会い致しました。
私はクローヴィス様に見えるために、かの地に降りたのです。
けれど一目で、それが無意味であったことは分かりました。
けれどその時にはもう、あの方が私を見出していた。
だから私は聖者となりました。
そして、貴方が見つかった……もしかしたらあの方は、その結果すら見通しておられたのかも知れません」
(相変わらず要領を得ない…………)
休憩がてら、黙って一連を聞いていたシノレは、言葉が途切れてから聞き返した。
別に熱烈に興味があったわけでもないが、世間話として付き合う気分になっただけだった。
「聞く感じ、かなり人間離れした人だったみたいけど……
そんな人が爆弾抱えた暴徒の襲撃であっさり死んだっていうのも、こう何だか、無常な話だね」
「……そうですね。でも私は、あの方が……それすらもどこかで織り込んでいたのではないかと、そう思えてならないのです」
聖者は目を落とし、ぽつりと呟く。
……聖者様だからそんなことが分かるのかと聞いたら、私にそんなことができるはずがありませんと答えた。




