三十年前の戦い
「若様、何用でございましょうか?
私に聞きたいことがおありと伺いましたが」
「はいそうなんです!
三十年前の戦いについて、当時のことを聞かせてくれませんか?
今はこんな状況ですから、過去のことを知っておきたいんです」
「大変ご立派なお心がけでございます。
私にできる話であれば何なりと……
そうは言っても、三十年前というと私もまだ幼く、従軍したと言っても途中からのものでしたので、当初のことは伝聞になりますが」
「それで良いです!話して下さい」
「……僕からもお願いします」
出来心のような軽い気持ちだったのが、思わぬ相手がやって来たものだ。
ラザンはユミルを見、シノレを見、更に視線を往復させてから息をついた。
「……そういうことですか。では、まずは若様がご説明なさって下さい」
「はい?ど、どうしてです!?話を聞きたいから呼んだんですよ!」
「そうは仰いますが、もうとっくに習っておいででしょう。
他者に教えることも立派な学びですよ。
誤りがあれば都度修正致します。
勿論、あまりに多いようであれば当主様にご報告しますので」
「えー、そんなあ……」
……前から思っていたが。
使徒家の子どもというのは別に持て囃されて育てられるわけではなく、寧ろかなり厳しい基準を課されているようだ。
切り替えされた金髪の少年は、場を濁すように飲み物を口に運ぶ。
困り顔のユミルが考え考え、話し出した。
「今から三十年前――十六代目教主クローヴィス=セラフ=ワーレン様が御位におつきあそばしてから、数年後のことです。
その頃教団は、滅びの淵に立たされていました。
その切っ掛け、崩落の芽は最初、北部に生じました。
例年訪れる魔の月の攻勢、それがたまたま二年続けて教団領に集中したのです」
「ああ、それは……」
教徒たちはさぞかし動揺しただろう。
ほんの一月前のごたごたを思い出せば、容易に想像はついた。
彼らにとっては神への信仰こそ生きる支えであり、魔獣の大攻勢はそれを砕きかねないものだ。
相槌を打つシノレに、ユミルは更に続ける。
「北は混迷し、翌年も大規模な被害が出たなら、総崩れになりかねないところまで追い込まれたんです。
その上教団が弱ったと見て、聖地奪還を唱える異教徒たちが旗揚げしました。
更には西からブラスエガとワリアンドまでが攻め込んできて……各都市の寝返りもあって、このシアレット含む使徒家の領地は包囲されるわ、一時期は先代猊下の御兄弟までが捕虜に取られる有り様だったんですよ」
教団領は敵に囲まれ、三方から散々に食い荒らされ、踏み潰される滅亡の予兆が鳴り響いていた。
滅亡まで行かずとも、長きに渡る傷と弱体化は免れなかっただろう。
だが先代教主クローヴィスは並の人間ではなかった。
各勢力の内情と思惑を読み切り、巧みに情勢を操り、教団の全てを使ってかかる窮地に対抗した。




