騎士団の姫の来訪
「聖者様、お体の調子は如何ですか。
お辛いようであれば、本当にご無理をなさらなくて結構ですので……」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます、レイグ様」
初夏の青空の下、実際に顔色はそう悪くもない聖者はそう返して微笑んだ。
シノレは後ろで例によって涼やかに無視されながら、空に聳える大門を見つめている。
辺りの空気は澄んで、象牙色の町並みも晴れやかに浮かび上がっていた。
貴人を出迎えるには良い日和と言えた。
この場所はエルフェスから更に南方に位置する都市、シアレットである。
セヴレイル家の領地であるここは、元は初代使徒が放逐された時、唯一安堵された領土であったそうだ。
辺境も辺境の見るべき点もない田舎と当時目されていたそこで使徒は怨みを募らせ呪詛を吐き続け――そして教祖ワーレンに見出された。
(僕としては、命ばかりか領地まで一部許されたっていうのが驚きなんだけど。
騎士団の感覚ってやっぱり楽団と違うよなあ……)
今となってはかつて軽侮された田舎町の面影などどこにもなく、重厚な威容と繁栄を謳歌している。
ただし、やや地境に近いためかエルフェスほど伸び伸びとした空気ではなく、不測の事態に絶えず身構える緊迫感のようなものがあった。
城もエルフェスと同様水上の城であり、跳ね橋なしでは渡れない堅固なものだった。
その街に、先日聖者とシノレは歓呼の熱狂によって迎えられた。
その聖者は、やや落ち着かない様子で手を組み合わせる。
「……私が心配するのも烏滸がましいことですが……警備は、大丈夫なのでしょうか。
相手方は騎士団の姫ですから、やはり何かと……」
「問題ございません、万全を期してありますし……
そもそも聖者様の御前で刃傷沙汰を起こそうなどという不心得者はおりますまい。
そのような者はここへ近づくことすらできませんよ」
そしてここに、遊学という名目で大公家の姫がやって来るのが本日であった。
それに際して様々な反応があったが、誰もがやはり緊張していた。
こんなことは今までに例のなかったことなのだ。
これを機に大公家との関係が大きく変わり、良くも悪くも勢力図が塗り替えられるかもしれない。
人は見えない未来や変化に対して身構えるもので、その緊張は多かれ少なかれ誰もが抱えているだろう。
だからここで躓くわけにはいかない。
そして今来駕を待つレイグと聖者とは、ともに教団の名を背負っていた。
きっちりといつもの身嗜みを整え、一部の隙もなく装った聖者は一つ呼吸をした。
シノレにはあまり自分と関わりのあることと思えず、その後ろでぼけっとしていた。




