楽団の兄弟
「おーーーーーーーい!!!ニア―――――!!!」
「……あー、もう。みんな逃げちゃった。声おおきいって……」
大声に驚いて、周りを飛んでいた鳥たちが一斉に飛び立っていく。
ニアはため息をついて、幅の狭い足場を歩き出した。
その間にも下からは、危ないとか降りてこいとか大音量が聞こえてくる。
彼は軽い身のこなしで壁から飛び降り柱へ、また別の柱へ、そして傍にあった欄干の上に着地した。
地面との距離は一気に近づいたが、それでも人二人分を少し越えるくらいはある。
そして、近くで待っていた長身の男に声を掛けた。
「――来てくれてありがとう、兄さん」
「置き手紙残して何かと思えば……お前なあ!!
そういうのやめろって言ってんだろ!
高い場所は危ないんだぞ!」
「危なくないよ。こういうとこの方が落ち着くんだ。
兄さんは声が大きいから、近づくとうるさいし」
「うるさいってお前なあ……そもそも今日は相談とかで話し合う約束だっただろ!
なのに部屋にはいないしこんなところに呼び出すし、何考えてんだ!!」
賑やかに、怒るというほどでもないが男は声を張る。
それに合わせて、茶色がかった鈍い金の髪が揺れる。
灰色の目や彫りの深い造作は、黙っていれば硬質な美形と言って差し支えないだろうが、ころころ変わる表情が感情豊かな一面を伝えてくる。
鍛え上げられた長身は武装で覆われ、全体的に力強い印象だが、それは威圧感とは少し趣が違った。
寧ろどこか親しげな、屈託のない感じがする。
「別に。何となくあそこにいたくなかったから」
あんまりにもあっさりしたその答えに、やって来た男――ギルベルトは少々絶句した。
だが、そこは慣れたものですぐに切り替える。
この弟には詰問とか反省を求めるとか、そういうものは一切通じないのだ。
何があろうと自分の調子を崩すことはないのだから、説教するだけ時間の無駄である。
長年の付き合いで既にそれを学んでいた。
「――まあいいけどよ……俺も馬乗りたかったし。
でも次からは、早めに相談しろよ?」
「ん、努力するね。……それで、相談ってなに?」
しかし頭上から降ってきた答えは気のないものだった。
それに、端正で快活な顔に苦笑を浮かべるのは、楽団西南西のナーガルを統べる総帥の十八男ギルベルトである。
少し前から、ニアは州都の城で、この兄の世話になっていた。
「それだ、ここ最近大注目のワリアンドについてだ!!
お前もあの辺りの現況については聞いてんだろ!?意見が欲しい!!」
「そんながならなくても聞こえるってば……
東の方ね……兄さんたちが、やり合っているみたいだけど。
時間との戦いだよね。狼の子が来るまでの。
それまでに決着がつかなければ、誰も勝者になれないよ」
「あーえっと……狼。確かそれって、教団のヴェンリル家だよな?前言ってた……」
「そう。……寒夜の王、みたいな。今まで見た中で一番綺麗な狼だった」
「……っおい!!」
「大丈夫。名乗ってない。呪いは来ないよ。
……子狼は、一体どうなっているのかな。
あの狼の子なんだから、きっとみんな激しいよ。
暴れ出したら、誰も無事ではすまない、かも」




