ナーガルの廃墟
人間の残酷な性とは、些細なことで容易く噴出する。
楽団は最早それを繰り返しすぎたあまり、今やそれが一つの伝統にすらなりおおせていた。
獣や人間を殺し合わせる闘技祭などただの日常、誰もが手軽に楽しめる娯楽でしかない。
組み合わせ、彼我の状態、武器の有無、幾らでも多様性を出して楽しむことができる。
それは楽団全体に広がり、様々な形で根を張っていた。
長く、長く続いた伝統だった。
今から数十年前、ここに一石が投じられた。
現在の総帥の父に当たる前総帥。
彼の気まぐれと閃きによって、単に力のみで決するのではない、新たな闘技の趣向が加わったのだった。
そこで物を言うのは暴力や逃げ足ではない。
知力と弁舌で生死が決する。
それこそが命懸けの騙し合い――嘘と欺瞞と駆け引きが織りなす、血塗られた芸術だ。
楽団の前総帥が耽溺した、残酷な遊戯だった。
ただ単に殺し合いと称すにはあまりに迂遠で、奥深く、狡猾な舞台。
それを人々は審議の塔と呼んだ。
「…………わからないなあ。どうしてあのひと、こんなものが好きだったんだろう……」
今は廃墟となったナーガルの特別闘技場。
戦災で無惨にも破壊された、旧時代の貴重な遺跡。
その壁の上でニアは呟いた。
高所のために空が近く、風は強く吹き抜ける。
頭上では太陽が輝いている。
一際強い風に、ゆったりした裾がなびいて宙に舞い上がった。
ばさりと、鳥の翼が風を切る音が響く。
いつからともなく集まってきた彼らに取り巻かれて、ニアは朝から結構な時間そうして佇んでいたのだった。
肩までの長さの、青みがかった灰色の髪が風に煽られていく。
長い前髪の下から覗く片目は、透き通るような緑色だった。
その色合いのためか、茫洋とした表情のためか。
全体的に妙な静けさというか、透明感とでも言うべきものがある。
その顔も青年と言うには幼く、少年にしては老成している。
「痛い、怖い、死にたくないって。ここにも聞こえてくるみたいだ。
血の匂いだって、こんなになったらもう……」
現在その場所に広がる廃墟ではなく、過去の舞台を俯瞰しているような物言いをして、ニアは不快なものを感じたように顔を顰めた。
――刃に依らず、嘘と駆け引きによって殺し合う狂気の宴。
その遊戯は、開催場所の特殊性に因んで「審議の塔」と呼ばれる。
尋常の殺し合いとは違ってそれはどこでもできるものではなく、また誰にでもできるものでもない。
智謀を駆使した殺し合いは一時期楽団で大流行し、かつてここでも盛んに行われたと聞く。
しかし、現総帥が兄弟たちとその座を奪い合った時、兄弟間での戦いで遺跡ごと破壊された。
無情に思えるが、楽団の歴史など元よりそんなものだった。
壊れた後、一時期はならず者の根城になったりしたこともあったが、今ではただ罅割れた廃墟の姿を晒している。
ニアはそれを前に、測り尽くせない色々なものを感じていた。
「……うん、分かってる。南の方から、ざわざわしたのが吹いてくる。そのうち嵐になるね」
腕に止まった鳥にそう声を掛け、やがてニアは目を下ろした。
眼下に広がる寂れた景色、その果てから馬が駆けてくる。




