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異教徒

 およそ二百年に渡る教団の歴史は、激しい戦いに彩られている。

そしてその半分近くが、聖都シルバエルを軸に繰り広げられたと言って良い。


 今から約百年前、十一代目教主ロレンシオが率いる教団がシルバエルを落とし、元々そこに住んでいた異教徒たちを粛清した。

それは草の根すら絶やすような、極めて苛烈なものであったとされる。


だがこういうことに完全な決着はないというのが、古今東西のお約束だ。

まして宗教が絡めば、弾圧されればされるほどに反発と抵抗の芽は広がっていく。

――シルバエルを奪われた、その生き残りや残党たちが聖地奪還を謳って蜂起したのが七十年前のことだ。


 この時激戦の余波と幾つかの不運が重なり、使徒家の一つ、シュデースの本家が落ちた。

使徒家一角の滅び、それに象徴される甚大な犠牲を払いながらも、教団はシルバエルの防衛に成功した。

反撃を受けた者たちはやがて撤退を余儀なくされ、離散した異教徒は一度南部に撤退し、次なる機を待った。


 その彼らが再び旗を掲げ、聖地奪還を叫んだのが三十年前のことである。

当時は内部分裂や魔獣の襲撃、そして楽団にも攻め込まれ、教団は危機的状況にあった。

その逆境を跳ね除けて、敵を徹底的に潰し回り、異教徒の残党を駆逐し、教団は南部の覇権を確立した。

その集大成と称されるのが、先代教主クローヴィスが指揮した三度の南方遠征だ。

これによって教団南部に留まっていた異教徒の勢力は完全に息の根を止められ、騎士団西部へのさらなる撤退を強いられた。


けれどそれで終わるはずがない、怨憎が尽きるはずもない。

異教の神の名のもとに先達を、親を殺され、辛うじて生き残った異教徒――マディス教を奉じる者たちは、息を潜めて力を蓄え、復讐の機会を狙い続けてきた。


「……概要は把握した。だがこれは、あまりに突飛な計画ではないか?」


 ロスフィークの古い巨城。その中央塔で彼らは静かに語り合う。

静か過ぎるほどの声だ。

それが却って、枯れた井戸のような底知れない虚ろな響きを帯びる。


「しかし、最早大公家を頼ることもできぬ」

「そう。教団を打倒するにはこれしかない」

「これは、なかなか」


 勢力図を突き合わせ、幾人かでぼそぼそと語り合う。

示されたのは極めて細い綱渡りの道だ。それに眉を顰める者も多い。


「サフォリアも大分混乱しているようですね。

引っ切り無しにあちこちへ使者を出しているとか」

「まあいつ大公家に売られるか分かりませんからな。

気の毒といえば気の毒。ですが、ここで付け込まない手はないでしょう」

「大神官様の決断には従うだけですが……

本当に今、戦端を開いて良いのでしょうか」

「滅多なことを言うんじゃない!!」


 元々彼らの中には、多くの場合主の決定に異を唱える発想がない。

代々に渡って刷り込まれた盲信、狂信とすら言える忠義心。

それが騎士団の、正確には貴族の強さであり、宿痾でもあった。


 その日の内、城内の者たちに召集がかかった。

広大な北庭で待ち受けていたのは、青の装束を纏った指導者セリクドール……このロスフィークで、大神官と呼ばれる者だった。

人が減り、力を失い、見る陰もなく衰えて倒れかけた信仰。

それでも彼は、マディス教の全ての神官の長であり、導き手である。

まだ若い彼は横顔を向け、日の落ちた薄闇の中赤い光を頬に受けていた。


 そう、そこでは大きな焚き火が燃え上がっていた。

黒い煤を吐き出しながら空へ昇っていくそれは、指導者の心境を表現するかのようだ。

彼は「よく来た」居並ぶ者たちにまずそう告げて、傍の台座に手を伸ばした。

被せられていた覆いの布を払うと、そこには天秤が鎮座していた。

ざわりと、周囲の空気が変わる。


「我々は今後、サフォリアとの交戦に入る。

そしてこれを下し、教団へ次こそは手を掛ける。

我を裏切ることは神への裏切りと心得よ」


 誰もが承知していたことだった。

滔々とした語りは、進むにつれて段々と溶岩のようなものが滲み出す。

瞳孔の開いた目にどこか病的な、異様な輝きが宿る。

彼は天秤を手に持ち、派手な音とともに石畳に叩きつけた。


「我は聖戦の開始を宣言する!!

穢らわしいワーレンの徒を血祭りにあげて燃やし尽くせ!

かつての我らの屈辱を返す時だ!!」


 優美なつくりの大振りな天秤――ワーレン教の象徴を踏みつけてから、荒々しく炎の中に蹴り入れた。

脆い作りだったのかがらがらと砕け、叩き込まれた残骸が炎の中で奇妙な影を浮かび上がらせる。


「この時代、綱から落ちる覚悟なくして生き残れはしない。

だが案ずることはない――」


 一呼吸置き、一人ずつと目を合わせる。

深い、まさに神託じみた声で告げる。


「神は我らと共にある。

――正当なる御名の元、シルバエルを奪還するのだ!!」


 一瞬の沈黙の後、大歓声が噴き上がった。

それは立ち上る煙より激しく、空を覆うように広がっていく。

神に守られて行き着く、輝ける結末。

心から勝利を信じて命じた指導者が、偉大な預言者になるか、哀れな狂者になるか。


それを決めるのは結果である。

勝ったか負けたか、ただそれだけだ。

何世代と受け継がれてきた怨嗟を、宿願を、悲願を。

これで三度目だ。もう後が無い。

ここで負ければ、もう二度と教団を引きずり下ろす機会は来ないだろう。


「聖地を取り戻さねばならぬ……!!」


 火中に投じられた天秤が、炎に巻かれて崩れ落ちた。



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